久しぶり

@rabbit090

第1話

 黄緑の世界で私が思ったことは、とてつもなくどうでもいいことだった。

 「放っておく。」

 「いいの?」

 「ああ、決めたから。」

 そう言って私は、手を取り合ってその場を後にした。

 そして、

 「あなたが、お母さん?」

 その時の子どもが、今私の元へとやってきた。しかし、こちらを強くにらんでいて、真っ当だとは思えない。

 仕返し、だろうか。

 「…えっと。」

 私が脅えたような表情をしたのだろうか、彼はちょっとだけ落ち込んだような顔を見せ、そして言った。

 「一度、会ってみたかったんです。でも、僕は今とても幸せだから、今度結婚するんです。だから、一度だけでも会いたいと思って。ご迷惑ですか?」

 「いや、大丈夫。」

 私は一人きりだったから、特に困ることは無い。

 でも、

 「実は、お父さんに先に会いに行こうと思って、伺ったんですけど、ダメでした。」

 「そう…だよね。」

 「はい、門前払いってこのことなんですよね。」

 「………。」

 私は何も言えなかった。

 というか、私は息子と離れたいだなんて、思っていなかったから。何かどうしても捨ててはいけないものを、捨てなくてはいけない、という感覚だけがその時にはあって、でも元彼、つまり彼の父親は、私にこの息子と暮らすことを許さなかった。

 すごく、優しい人だったのに。

 「まあ、いいです。あの人最低そうだし、お母さんに会えてよかった。」

 「…ありがとう。」

 「そんなに、硬くならないでください。僕、施設で育ったんですけど、割とちゃんと育てたから、ほら、普通でしょ?」

 普通、という言葉を放ちながら、彼の瞳は濁っていた。

 私には、分かっている。

 だって私も施設で育ったから。

 私は、親がいない。というか、捨てられた。だからこの子と一緒なのだ。

 そして、そんな私の元に彼は現れた。

 会社の上司だった。

 私のことが好きだと言って憚らなかった。そして、そんな姿を見ていると、私も彼のことが好きである、という錯覚を抱くようになっていた。

 今では、分かる。私は彼のことなど、好きではなかった。

 なのに、好きだ、と思い込もうとしていた。

 私は独りになりたくなかった。独りなんて、嫌だった。だから、彼が提案するすべてのことを嫌だ、とい意思表示をせず受け入れた。

 そして待っていた結末が、この子をまた、私と同じように立った独りぼっちにしてしまう、という事実。

 まじまじと顔を見ると、彼にも、私にも、似ているかもしれない。

 私ははっきりと、痛みを覚えている。

 この子を産んだ痛み、そして確かに何かが誕生したという感覚。

 なのに、顔を見れば見る程、私は不思議でたまらなくなる。

 だから、

 「ねえ、私のこと嫌い?」

 「えっ?」 

 息子は、素っ頓狂な声を上げ、今まで睨むように挑むように、眼を小さく開いていたその目を、緩めた。

 「何で?思ってもみなかった。」

 「…だよね。」

 「だよねって。」

 「ああ、ごめん。私も施設で育ったの。でね、親のこと、捨てられたんだけど、憎んでいなかった。憎むって何?私には普通が、何一つ分からなかった。」

 「…そう。」

 「うん。」

 そして、息子は結婚式の招待状を私に渡して、帰った。

 けど、多分行くことは無い。

 そして私はまた、引っ越すのだろう。

 安定とか、安全とか、欲しかったけど、分かってしまったのだ。

 そんなものに価値は無いって、そんな、積み上げてきたものなんて、ある時急に無価値になってそれが分かって、何もなかったという事実に漠然とするしかなくって、だから、私は荷物をまとめ、足早にこの町を後にした。


 「でも、息子っていいね。私も本当は子供を育ててみたかったの。ねえ、何で?何でダメだったの?」

 「………。」

 彼は何も答えない、いつも、自分の中の理解の範疇で、その中でしか物事を捉えることができないから。

 私は、分かっている、だから、何も言えない。

 それでも少しだけ、彼のことを憎みたくなってしまったのは、なぜだろう。

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