0・5 2人の真価




 一瞬の隙と身体の自由。

 間一髪で、援護が間に合った。


 リサは地面に着地して1歩で腰を落とし、2歩目でアスファルトの地面に飛び込む。


(ばるばるっ?)

「あう! 痛った〜っ!?」


 炸裂した【コード・風】に解放されたリサは、クランスライムの突進に、脛から下をぶつけて悶絶もんぜつする。


 援護射撃がなければ、リサは後ろの家の塀に叩きつけられて潰れていただろう。


 リサは過呼吸になりながら、紙一重で繋がった命に感謝した。


(ばるばるっ?)


 その頃、リサにタックルを躱されたクランスライムは、ついでで破壊した民家の塀を【消化】スキルで取り込んで多少体積を増やしている。


 まるでウエハースを食すように塀を削り取るクランスライムは、リサの足元に落ちていた大きめの石片をじゅっと一呑みにする。


「ひっ」


 リサは怯えが漏れ出て、身体を震わせた。

 ところで、この世には聖水はあるのだろうか。


 気を抜いちゃ駄目、と引き締めたリサは立ち上がって、ダメージを最小限に、再び闘志を燃やす。

 リサの抱える乙女の秘密が1つ増えた。


「く、クランスライムめ……!」


 顔を赤くして吠えるリサは、手元に落ちていた良い感じの鉄の支柱を拾う。

……一応、Tシャツの前の裾をぐいと引っ張った。外傷は無いから気づかれないはずだが、それが乙女心である。


 憤激するリサに、クランスライムはもぞりと向き直ったらしい。

 顔のような正面が特にないので分からないが、たぶんそんな感じだ。


(ぷるるるっ)


 クランスライムは、またも自慢の触手を伸ばす。

 さっきの反撃は、蚊に刺されたくらいに気楽に捉えていた。

 振り払われたら、その分また伸ばせばいい。それだけの話だ。


「美結!」

「うん! タイプA、デコード―――」

「違うっ! 美結は、本体の核をっ!」


 クランスライムの余裕、あるいは油断を察したリサは、ここで賭けに出る。


 美結はスキルを上手く扱って、命の危機を助けてくれた。

 なら私も、それに応えたい。


 想いは、人を強くする。

 それは半日前まで、具体的な数値では示すことができなかった。

 しかし今は違う。想いによって補正が入る、そんな能力値―――「非常識」が、それを肯定する!


「【工数削減】!」


 スキルレベルがⅤである、リサの【工数削減】。

 本当はもっとピーキーだったはずのそれは、高い能力値からなる「非常識」の力で、新たな効果を持った。

 そのうえ、28兆超えの「想像」の力がそれを増幅して。


 月下、麗しき少女の剣舞。

 それは何者にも邪魔すること、能わず。


「ていっ」


 間抜けな声とともに、風が泣く。

 触手は彼女の動きに一切ついていけず、リサの間合いに踏み込めずにいた。


―――好機。


「【コード・風刃】、アウトプット!」


 Xの字を描き、淡い白光を伴って、刃がスライムボディに食い込んだ。

 刃の角度、速度は申し分ないように見える。


(ぷるぷる)


 刃は、直撃。

 クランスライムが半壊させた家屋ごと、もうもうと土煙を立ててぶった斬った。


 奪った、と美結は余韻よいんに立ち尽くし、リサは拳を握る。


 数秒ののち、リサと美結は歓喜から顔を見合わせる。

 どちらともなく駆け寄った2人は、抱き合って生存を喜びあった。


「ほんっと、リサの馬鹿ぁ〜〜!」

「そ、それは美結もじゃん!」


 ぐにゃ、とクランスライムが弛緩しかんする。

 クランスライムはその時、何を思って震えたのか。


(ぷるっ)


 否、それは攻撃であった。


「あれ?」


 一切、効いていなかったのだ。

 クランスライムの本体には、美結の【コード・風刃】は通らない。

 スライムボディの中には、核が2つ、顕在けんざいしている。


 絶望の反撃は、雨を逆再生したかのようだった。


(ぷるるる―――っ)


 液状化したスライムの身体は、表面積が莫大に増えていた。

 そこから生えてくる触手は数えきれない。


 そして、クランスライムは慎重だった。

 伸びた触手は、3本で1組になってり合わさり、【コード・風刃】で切れない強度へと変貌を遂げる。


 最終的に、40本ほどの触手が生まれる。

 魔の手。2人をあの世へと誘うべく、それは組み上がった。


「ひう」


 その様子に、リサは悲鳴を上げる。

 目ざとくそれを聞きつけてクリっとした目を潤ませる美結に、リサは覚悟を決めた。


 【工数削減】を発動させようとして。


「美結、逃げ―――じゃなくて!」


 リサは、その手を止めた。


 これでは、このスキルでは、手数が足りない。

 もしこのまま触手と格闘しても、40本全てを打ち払うのは無理な話だ。


 なら、リサに出来ることは?


「攻撃準備っ! 【コード・風】の!」

「ええ!? わ、分かった―――」


 家屋の丸呑みすら出来るだろうクランスライムの前では、一車線の幅が小さく見える。


 今、2人の持つ全ての攻撃手段が通じない。

 それはつまり敗北、そして死を意味している。


「これ、私の単なる思いつきジャストアイデアなんだけどさ」


 その、はずなのに。


 リサは、潤んだ目でこちらを見る美結の頭を撫でて、いたずらっぽく口角を上げる。

 リサはまだ、折れなかった。


 その姿はまるで、猫に立ち向かうネズミ。

 減らず口を叩いたリサは、胸に手を当てて目をつむる。


 美結の攻撃に反応したか、それとも2人の弱さに自信を取り戻したか。

 クランスライムがまた、動き出す。


「能力値も、情報だよね?」


 しかしその前に、リサは戦況をくつがえせる切り札を切っていた。


 「想像」と「耐性」特化の能力値で、攻撃手段が無いリサ。

 スキルはあるものの、能力値が軒並み一桁な美結。


 1人ずつで駄目なら、2人を掛け合わせる。


―――


「【情報交換】」


 スライムの魔の手が動き出すと同時。

 リサの凛とした声が、最終ラウンドの始まりを告げた。

 それに合わせて、美結は魔法のようなスキルを構える。


「タイプ


 彼女は【コード・風刃】は、何となく封印した。

 なぜなら、嫌な予感がしたから。


(タイプAだったら更地が出来上がるよ、これ!?)


 身体を駆け巡る、先程までとは比べ物にならない力。

 それが美結のスキルに、もはや別物のような攻撃力を与えている。


 それは当然だ。

 今の美結のステータスを見たなら、こんな能力値が記されていただろうから。


 容量: 28T 200G(ー1100)

非常識: 81G 900M

 魂総: 28T 281G(ー1100)


 攻撃:  2

 防御:  6

 想像: 28T 200G

 耐性:  6

 機動:  3


 リサの、【情報交換】。

 その応用の1つが、ステータスの交換である。


 ぶっ飛んで高いリサのステータスを、スキルが強い美結と入れ替える。

 それにより、美結はこの瞬間、クランスライムなど足元にも及ばない火力を手にしていた。


「デコード」


 指先が異常な「想像力」に耐えかねて、痛いほどに熱くなる。

 狙いは、スライムが破壊した塀の中心に設定した。


 出来るだけ周りを壊さないようにと、美結は苦心する。

 自分の持つ力が怖かったが、同時にこれはリサが何かしたせいだとも気づいていたから、慌てはしない。


「【コード・旋風】―――アウト、プット!」


 美結は、28兆の「想像力」を解き放つ。


 美結の「想像力」がそうさせたのか、それは威力に比べると、被害の範囲がごく小さかった。


 それは、たしかに旋風である。しかし同時に、神風でもあった。

 地にしがみつく生き物を、天に献上する。

 そんな風は、遥か上空、雲を突き破った。

 クランスライムは、まさに読んで字のごとく、天に召された。


 ついでに、美結の「想像力」は半ば暴走していたため、余計なエフェクトも付いてきた。

 そんなの頼んでない。2人は、コードの発動後すぐに目を腕でかばった。


 旋風は、【コード・光】と呼んでも変に思わないほどに、白い光を街中に届ける。

 大半の辛庭からば市民は、青天の霹靂へきれきだと勘違いしたことだろうが、それは違うのだと2人だけが知っていた。

 今の光は風による現象なのだ、と教えて回ったところで、一体誰が信じるのか、という話ではあるが。


「うへぁ」


 しばらくぎゅっと丸まる2人。

 そのうち、先に我に返ったのはリサだった。

 リサは変な声を1つ、花火を見るような顔で、旋風が徐々に薄れて解けていくのを見た。


「いやー、大変だったね」

「ほんとだよぅ。リサ、あの大きいの何なの!?」


 リサがため息混じりに呟くと、美結はすがり付くようにリサの腕を胸元に抱いた。

 知らない家ごと吹き飛ばしちゃったけど、良かったんだよね? と、物騒な言葉を無自覚に並べている美結に、リサは苦笑を返すばかりだ。


 そうこうしているうちに、じゅうと音がしたので、リサはすぐに美結を跳ねのける。


「うわ、忘れてた! 私、スライムまみれなんじゃん……。もー、最悪なんだけどっ」

「家に帰ったら、すぐお風呂にしないとね〜。リサ、ちょっと臭うし」

「な、ななな何のことかなぁっ?」


 慌てるリサに、美結はのほほんと提案する。

 普段の調子に戻ったように見えた美結は、いつもなら言わない言葉を足すあたり、まだ機嫌は斜めらしい。


 そんな美結のさり気ない一言に、リサは露骨に股の間に手を挟んで、顔を真っ赤にした。


「え?……あぅ、えぇと違うの、ごめんねそうじゃないの〜……!」


 リサのただならぬ様子に何かを察したらしい美結は、ぎゅるんと後ろを向いて、ついでに倒れていた自転車を拾ってきた。

 美結は清楚な子だから、友達の傷を抉るようなことはしないのだ。


「……帰ろっか、リサ」

「……うん」

「疲れたもんね? 今日は一緒に寝よ?」

「……うん」

「ほら、雨も降ってき―――ひゃあ!?」


 その後。


 美結が母性を総動員してなぐさめた結果、なんとかリサは立ち直り、うつむいたまま、言葉少なに歩きだした。


 カラカラと自転車を押して帰路についた美結。


 その前方に落ちてくるのは、クランスライムのドロップアイテムが入っているのだろうか、かなり本格的な造りの宝箱―――


「ふんっ!」

「ありゃりゃ。……よし、今日はお料理、ちょっと張り切っちゃうぞ〜!」


 リサは、それを無視してスタスタと歩いていく。


 美結は彼女が、クランスライム関連のものは見たくもない、という意地を張っていることを見抜いて、のほほんと苦笑いした。


 そんな美結は少し考えたのち、リサが無視した宝箱を、自転車の前輪のカゴに乗せるのだった。



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