男子とレスリングで対戦することになった、女子中学生の話。

あおたか

男子とレスリングで対戦することになった、女子中学生の話。

やっぱりか…


次の対戦相手が決まった瞬間、その憂鬱さに、思わず頭を抱えそうになる。


レスリングをやっていて一番嫌なのは、練習がきついことでも、相手に負けることでもない。


それは、男子と試合をすることだ。


全国的な大会だと、試合は通常男女別で行われるが、地方のような小さな大会だと、男子と同じトーナメントで戦うこともある。


小学生の高学年の頃までは、男子相手に勝つことも普通にあったが、中学生になってからは、負けることの方が次第に多くなってきた。


階級が同じというかこともあり、身体つきはそこまで変わらないものの、力ではやはり敵わない。


毎日一生懸命練習しても、男子はまるでそれを嘲笑うかのように、力づくで屈服させてくる。


そしてもう一つ、勝ち負け以上に嫌なのが、男子が自分の身体に触れるということだ。


脚を掴まれたり、身体全体で押さえ込まれたりするのは、レスリングでは当たり前の行為とは言え、相手が男子だとより不快な気持ちになる。


いやらしく感じる手つきで、お腹の肉を揉みしだくようにホールドされたり、胸の辺りを弄られたり、お尻を鷲掴みにされたりということもあった。


あくまで試合中で、本当は無意識なのかもしれないが、そうしたことをされた時には思わず力が抜けて、その隙を突かれてしまう。


勝てない試合が多くなってきていたこともあり、いつしか、男子と試合をしたくない、そんな風に考えるようになった。


もちろん、決して諦めたという訳ではなく、今回も1回戦・2回戦と連続で男子が相手だったものの、ともに苦戦しながらも勝利を捥ぎ取る。


しかし、3回戦ではまたもや男子が立ちはだかり、

思わず心が折れそうになっていた。


それでも、「今回も相手が弱いかもしれない」「あれだけ練習してきたんだ」と、自分を必死に鼓舞し、意を決してマットへと向かう。




対戦相手の男子は、細身ながら自分より少し背が高く、髪型はスポーツ刈りで、まるで野球部にでもいそうな雰囲気だった。


前の試合こそ見ていなかったが、同じように1回戦・2回戦と勝ち上がってきていることから、ある程度実力があるのは間違いない。


ただ、こちらも1回戦・2回戦と男子に勝利していたことから、今回も勝てるかもしれないという、自信のようなものもあった。


審判の笛が吹かれると、お互いに距離を詰めつつ両腕を掴み合い、頭と頭を突き合わせながら、相手を押さえ込もうとする。


すると、足でも滑らせたのか、男子は突如両手を床につく形ようにして、前のめりに倒れ込みそうになるのが見えた。


上を取れる、そう思った次の瞬間。


フェイント気味に素早いタックルで片脚を、突然の攻撃に一瞬怯んでしまったところで、さらにもう片脚も掴まれ、バランスを崩して座り込む。


それでも何とか正面から受け止めようとしたものの、男子の勢いの前に、反射的に背を向ける形になったところで、完全に背後を取られてしまった。


早く逃れなければと焦る一方、ローリングに備えるため、リングに這いつくばって踏ん張らなければならない。


しかしその間、まるで頬擦りでもしているのか、男子の頭部と思われるものが何度もお尻の辺りに触れ、いやらしさに堪らず力が抜けていく。


それを男子が見逃してくれるはずもなく、お腹をしっかりとホールドされ、すかさずローリング。


二度目はさせまいと、もう一度力を入れ直すも、今度は意表を突くように、逆方向へのローリング。


そのまま三度目・四度目と立て続けに決められ、最後の力を振り絞るも、その甲斐なく、五度目のローリングも決められてしまった。


審判の笛が吹かれ、そこで試合は終了、あまりにもあっけない、1分とかからずの決着。


その後は見せしめのように並ばされ、男子の勝利、すなわち自分の敗北を改めて認識させられるとともに、惨めな姿を晒す。


負けた悔しさと、大勢の観客の目の前で簡単にローリングを5回も決められてしまった恥ずかしさに、控え室に戻った瞬間、大粒の涙が溢れた。


自分が気づかないところで油断していたのかもしれないし、仮にそうではなかったとしても、そもそも実力で負けていたかもしれない。


頭ではそう理解していながらも、男子があんな攻め方をしてこなければと、恨めしいような気持ちもあり、心の底から納得はできなかった。




この大会以降、同じトーナメントに男子がいる大会には一切出場せず、対戦相手に女子しかいない、公式戦だけに集中することに決めた。


日々の練習はもちろん、対戦相手について余計なことを考えることがなくなり、順調にステップアップした結果、何と日本代表にまで選出される。


世界大会でも、各国の代表が相手とは言え、男子に比べればいずれも大したことはなく、見事優勝を果たした。


高校生になった今もレスリングを続けているが、中学生だった頃とは違い、男子と試合をすることはない。


実力がついた今なら、あの男子に勝てるだろうかなどと、考えてみたりすることもある。


それでも、男子と試合はしたくない。

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