第2話 side A

僕は本にした。今読んでる本は面白いとはいえ読み終わってないので、プレゼンするには気が咎めた。途中まで面白かったのに尻すぼみになるかもしれないし、そんな本は意外と多い。だから僕はとっておきの一冊からいきたかったけど、でもそれはちょっと重くてグロテスクで死の匂いがたちこめているから、だから彼女にすすめるのはためらわれて、ちょっと爽やか目のお気に入りの本をチョイスしてプレゼンしてみた。彼女は興味津々で聞いてくれて、僕は好きな本のことを誰かに話すのは初めてだってことに気づいた。好きな本のことを話せる楽しさを味わったのだけど、この楽しさや気持ち良さは、相手が誰でも同じなのだろうかとちょっと思った。


彼女がプレゼンしたのは映画だった。聞いたこともないタイトルの随分変わった作品のようだった。入院中の患者がするお話が、映画の中でかなりのウエイトを占めていて、その作中作の様子や内容を彼女が一生懸命語るのでその情景が浮かぶほどだった。あまりに詳細なので彼女はきっとその映画を何度も何度も繰り返し観ているのだろうと思った。確かに僕はその映画を観たくなったし、それに、確かに僕は彼女を好きになりかけていた。


三日連続という説なのだから僕たちは三日連続でと約束しあった。

翌日、約束した時間よりちょっと遅れて彼女は顔をみせた。

「ごめんね、検査が長引いて」

彼女はそう言った。どんな検査?結果はどう?と聞くことが優しさなのか聞かないことが思いやりなのかわからなかった。臆病な僕はいつものように沈黙を選んだ。


「待たせちゃったからわたしからね」

彼女はそう言って、また聞いたことのない映画の話を始めた。それは不思議なロードムービーで、犬嫌いの若者が犬と目の悪いドライバーとその孫と旅をする物語。コメディ的な滑稽さはあるのにコメディではなく辛い歴史が描かれているのに辛いだけでもなく、その空気がいいのだと彼女は熱弁したので、僕はやはりその映画を観たくなってしまった。

昨日の僕はお勧めする二冊目として本当は違う本を考えていた。最近はまっているSF本の大作をプレゼンするつもりだった。でも、昨日の彼女の映画の話を聞いていて、なんだか昔大好きだった本が読みたくなってしまって、小学生の頃のお気に入りの本棚の一画に座り込んでかなり夜更かしをして読み続けた。そんな懐かしい一冊を紹介した。彼女は言った。

「いいね、読みたい」


三日目は、彼女のほうが早く来ていた。心なしか目が赤くみえた。遅かった僕から、本のプレゼンをした。最初に思いついたけど躊躇したかなりグロテスクで生々しい死の匂いのする一冊。でもやはりこれを紹介するのが誠実だと思った。一番好きな本を好きな人に紹介しないのは、片手落ちというか、なんだか気持ち悪かったので。

彼女の紹介してくれた映画もこれまた奇妙な映画だった。映画だけどドキュメンタリーでアフリカやラゴスなど各地を巡るのだけど音楽がとてもよくて、永遠に観ていられそうな作品だと彼女は熱っぽく語った。


「終わらない夏の映画なの。ずっとエンドレスに夏が続く映画。この夏も、終わらなければいいのに」


「夏はまたくるよ」

僕は軽い気持ちで言ってしまった。


彼女は少し黙り込んで、そして言った。

「わたしには来ないの。さっきはっきりそう言われたの。最後の夏だって」

僕は言葉を失った。まさに。言葉は頭を駆け巡るけどまるで出てこなかった。そのまま、その気まずい雰囲気のまま、僕たちはさよならもろくに言わずに別れてしまった。その日から僕は時折岬のベンチで待ってみたけれど、彼女は二度と現れなかった。そしてその夏が終わった。


彼女の説は、僕に関しては証明されていた。

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