05.そして彼女は幸せを掴んだ

 なんで貴女は、まだ男爵家本邸うちに滞在してらっしゃるんですかね?あれからもう半年近く経ってるし、元王太子ももう居ないし、ぼちぼち公爵家へお戻りになっても構わない気がするんですが?


「わたくしがヨロズヤ家にいては、不都合でもおありですの?」


 公女様は、俺の表情からだけで正確に見抜いてそんな事を仰る。

 いや完璧に読み取らないで!?


「いえいえとんでもない。ですが、ここでは公爵家のような煌びやかな生活など望むべくもありませんし」


「わたくし、そんなもの・・・・・望んだこともなくてよ?」


 そう言って微笑わらった彼女の顔は、今までに見たこともないほど綺麗で、思わず見とれてしまうほど輝いていた。


「それともタイチさまは、わたくしが滞在することがおいやですか?」

「それこそとんでもない!公女様さえ良ければ、お好きなだけ滞在して下さって構いませんとも!」


 すると公女様はみるみる不機嫌に。

 え、なんで?今の何が気に入らなかった?


「もう、『公女様』ではありませんわ!わたくしのことはアントニアとお呼びくださいませ、と何度もお願いしておりますわよね?」

「いやいやそんな、公女様のお名前をお呼びするなんて、そんなふけ」

「不敬ではありませんわ!わたくしが呼んで頂きたいと申しているのですから!」

「いや、でも」

婚約者・・・の名を呼ぶことがそんなにお嫌なのですか!?」


「ていうか、一番の問題はそこでしょう!?なんで公女様ともあろうお方が、商人上がりの男爵家のせがれの婚約者になろうとしてるんです!?」


 そう、公女様…………つまりアントニア様がいつまでも・・・・・お帰りに・・・・ならない・・・・のはこれが理由。

 あろうことか、この俺の婚約者に・・・・なりたい・・・・と言い張っておられるのだ。


 いやまあお互いに・・・・婚約者がいなくなった身ですけど?だからって余り者同士で……ってのは安直すぎません?

 ていうか、身分の差があり過ぎて恐怖しかないんですけど!?身分だけじゃなくて教養も容姿も影響力もまるで比べ物にならないし、どう考えても不幸しか生まないと思うんですがね!?アナタを助けたのだって、単に公爵家に恩を売って今後の商売に役立てばそれでいい、ぐらいにしか思ってなかったのにね!?


「問題ありませんわ。各国を股にかけるヨロズヤ商会と縁を繋ぐことができると公爵ちちも喜んでおりますし」

「公爵閣下公認!?」

「母なんてヨロズヤ商会でわたくしの婚礼衣装一式注文すると張り切っておりましたし」

「あ、それはお買上げありがとうござ……って婚礼!?」

「今だからこそ申すのですが、わたくしもあのバカ王た…………コホン。殿下の言動にはかねてより腹に据えかねるところがございましたの。それに比べれば、身分こそ低いとはいえ飾らず自然体で穏やかなタイチさまのなんと好ましいこと!」


「い、いえ……ですが……」


 俺なんて教養も何もないし、ちょっと目端が利くだけで黒髪黒の地味な容姿だし、公女様に釣り合うとはとても……。

 だいたいヨロズヤ商会うちからして東方世界から流れてきた移民の商家だし!由緒正しい公爵家とはホントに釣り合いませんってば!


「こちらにお世話になるようになって、たまに様子を見に来てくださることも、その折々の会話も態度もとっても紳士で!わたくしはもうずっと、タイチさまのお側に居られればと思っておりますのよ!

それとも、タイチさまはわたくしではお気に召しませんの?」


 そっ!?そんな男爵家の娘アイツがしてたみたいな可愛らしい仕草したってダメですよ!絆されませんからね…………………………いやクッソ可愛いなおい!


「で、ですが、その、」

「もうすでにお義父さま・・・・・に付いて商いのやり方も学び始めておりますのよ!タイチさまのお役に立てるようにと!」

「うっ、うちにお嫁に来るおつもりで!?」


「だってわたくしにとって、タイチさまは命を救って下さった恩人ヒーローですもの!」

「そんな事言ったって!俺先輩より歳下なんすよ!?」

「…………歳上の妻は、タイチさまはお嫌ですの?」


 ヤバい、これはもう逃げ切れないかも知れねえ!








 そんなふたりが正式に婚約したのはこの日から約半年後。婚姻するまでおよそ1年半である。

 ふたりの婚姻式は筆頭公爵家と国内最大の商家の総力を上げて盛大に執り行われ、約一名を除いて笑顔の絶えない式になったという。なおその一名は胃が痛むのか、常に腹を押さえていたそうな。

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