第一章 一途な少年
第一話 弟の愛情
4月のある日
大都市圏の近郊の住宅地に暮らす僕は
いろいろと説明の必要そうな朝の日常風景の中にいる
朝、遅めの時間からそれぞれ仕事に出かけ、夜遅めに帰る両親と、高校一年生の姉ちゃんとの四人暮らし
父親は厳格で、勉強嫌いでオタク趣味の僕は、そこそこ成績が良く、地元の中堅の普通科高校に進学した姉ちゃんと比べては
「お前はダメだ」
「どうしてこんな成績なんだ」
「お父さんは勉強嫌いだったがいつも成績はトップだった」
と言っては殴られる生活を送ってきた。
母親は、そんな父親に逆らえず、殴られる僕のことをただ見ているだけ。
時には一緒になって成績のことをくどくどと言ってくる。
結果として、家の中は僕にとって極めて居心地が悪く、不必要に早い時間から学校に逃げ出すために登校する生活となった。
そんな、避難場所の学校も、オタク仲間がいるでもなく、成績も見た目も何もかも普通で、共通の話題があるでもなく、ゲームも持っていないようなボッチの僕は教室の隅っこで授業の開始まで寝たふりをするしかやることがなかった。
食生活の貧弱さについても、そんなに給与の良くない両親が、何とか無理して一戸建ての建売住宅を購入したことで、生活費の余裕がなくなり、必然的に食費の切りつめと子供の小遣い減額というあおりを食らっていた結果だった
しかし、そんな生活の中にも唯一の潤いがあった。姉ちゃんの存在である。
僕は姉ちゃんのことが好きだった。
姉弟としての好きではなく、女性として好きだった。
きっかけは四年前、僕が小学四年生の時、いつものごとく学校の成績のことで父親から暴力を振るわれ
「周平はダメだ」
「勉強ができないのはお前の怠け癖のせいだ」
「アニメなんかはもっと余裕のある者が観るものだ」
ととにかく責められ続けていたとき
「お姉ちゃんは勉強ができるのにどうしてお前はできないんだ」
と姉弟で比較された。
何かを言ったところで、成績を理由にされては、勉強嫌いの自分にはなにも言えないので黙るしかなかった。
その後、ようやく叱責から解放された僕は、二階の自室にこもろうとしたが、小学六年生の姉ちゃんに呼び止められ
「あんな風に比較されても、周平は周平であって、私じゃあないのに」
「どうして個人を認めてくれないのかな」
と同情の言葉をかけてもらえた。
人生に叱責が無限に続くと思われて、小学生にしてすでに人生に絶望し、家族というものに何の幻想も抱かなくなっていた
僕にとって生きていくというのは単なる苦痛の連続でしかなかった
身の回りにいる人達は自分の人格など全く興味がなく、無味乾燥な成績の数字だけしか見なかった
自分自身に対して肯定感が持てない・・・持たせてもらえない・・・
自分は生きていていいのかさえ分からない
いつも暗くしょぼくれた顔をしているのも原因なのだろう・・・友人もいない
もう生きるのに疲れた・・・
永遠に続く苦痛から解放されたい
学校の屋上から飛び降りるか、首を吊るか、手首を切るか・・・
毎日に・・・生きることに・・・嫌気がさしていた僕に
たった一つだけ、一度だけ、明るい日が差したような気がした。
姉ちゃんは特に取り立てて奇麗とかかわいいとかではないが、普通よりはかわいいと思える容姿をもち、友人が全くいない僕よりは友人がいて、なにより親に気に入られていた。
そんな姉ちゃんが、僕のことを気にかけてくれた。
この、たった一度のことが僕の唯一の生き続けるよりどころとなった。
小学四年生の僕にとって、愛情とか恋愛感情とかよく判らなかったけど、それでも、うれしかった気持ち、感謝したい気持ちは嘘偽りなく、神が降臨したような思いを、つたない僕の言葉では好きという表現しかできなかった。
それ以降、姉ちゃんしかいない場面で、姉ちゃんにだけ聞こえるように
「好きだ」
僕にとって神をたたえる言葉として
「奇麗だ」
をひたすら伝えていくうち
僕の中で神への感謝の「好き」が恋愛感情としての「好き」に変化していた
自分の心に歯止めがかからなくなった
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