決着
俺が間違っていたのか?いいや、そんなはずはない。
そう自分に言い聞かせる。
今まで散々器用貧乏だとバカにしていた相手が、実は強かったなんて話はマンガやアニメの話だろ。
だが、今現在俺とあいつのどちらが強いから聞かれたのならば、俺は自分ではなくあいつを指さすだろう。
「クソッ!」
無数の攻撃が俺へと襲いかかってくる。
次から次へと降りかかるそれらをなんとか躱していく。
少しでも集中力を切らせば、俺が負ける。
そんなスレスレの試合だ。ここまで緊張感と切迫感が押し寄せられるのは、相手がSランクではなく、Eランクだからだろう。
そうして、俺は気づく。俺は指輪に負ける未来を想定していた。
負けるはずがないと思いつつも、負けるその状況を考えていた。それが何よりも腹正しい。
そして、負けることを考えていなかった相手に押されているこの状況。
俺は、一体何をしている?
認めよう。認めざるを得ない。
あいつは俺よりも強い。
「...お前。まだ全然本気じゃねぇだろ」
そう言うと、目の前にいる奴は笑い始めた。
♢
俺が宣戦布告をしてから五分が経っただろうか。
「俺もここからは本気でいく。お前が言った時間制限も甘んじて受ける。さぁ、やれるものならやってみやがれ」
神崎は自分からそう言う。
やっぱり、俺は神崎を尊敬せざるを得ないだろ。
「いいぜ、なら俺の本気を出させてみろよ」
軽く挑発混じりの返答を出す。
だが、神崎が動く気配は全くない。
時間が経つのを待っているのか。それとも、俺を前に剣士として動けないのか。
俺が今発動しているタイトルは、赤と青の剣を召喚するタイトルと黒服に変身するタイトル。
そして更に、自身の身体能力を上げ、剣の道に生きた者のみが得られる秘儀を纏った状態へとさせるタイトル。
恐らく、そのタイトルが神崎を動かせない理由だろう。
「...」
神崎は必死に俺への勝ち筋を編み出そうと無数の手順を頭の中で考えている。
しかし、それらは全て打ちのめされる場面しか想像できてないだろう。
逆に俺は、どんな攻撃が来ようと全てを打ちのめす場面ばかりを想像する。
そっちから来ないなら、俺の方から行ってやる!
俺は強く足を踏み込み、神崎との距離を一瞬で詰め、剣を左下から斬り上げる。
「——クッ」
俺の剣は難なく弾かれる。
黒霧の力か。
そして、神崎はすかさず俺へとカウンターを向ける。
一瞬、俺の体全体が動かなくなる。
「はぁっ!」
神崎が俺へと重い一撃を放つ。
俺はそれを防御することもできず、真正面から受ける。
俺は投げ飛ばされ、試験場へと叩きつけられ、転がりながら後ろへと飛ぶ。
ようやく体が自由にうごかせられるようになってから、即座に立ち上がり、勢いのまま神崎と距離を空ける。
「ふぅ、さすがにヒヤッとしたな」
確実に俺の腹に神崎の大剣が切り付けられた。もし、俺がこの黒服に着替えてなく、学校のジャージのままだったら今頃体は上と下で真っ二つになっていただろう。
俺の体は大丈夫だが、それでも黒服はさすがに傷を負っていた。
見た目はなんともなく、新品同様で皺や埃一つない。しかし、問題は性能、中身の方だ。
俺が苦労して最高級のエンチャントをかけ、ひとつひとつ丁寧に回路を繋げていったスキルが大きなダメージを受けていた。
「これは想像を遥かに超えすぎだろ...」
こいつは今まさに、この戦いの中で俺に勝とうと成長しているのだろう。
どこかの戦闘民族みたいな奴だな。
何はともあれ、こちらも悠長にやってられない。
あれだけ豪語していたのにも関わらず、一撃を貰ったのは俺の方だ。
「あまり油断してると、こっちが危ないな」
「そういうことだ」
俺が言った制限時間終了まで残り三分。
もう少しこの戦いを続け、本当の自分と見つめ合っていたかったのだが、仕方ない。
「さすがに、俺もこんなに言っといて負ける訳にはいかないからな。ちょっとずるいが、奥の手を使わせてもらう」
「この野郎。まだ上があるっていうのかよ...」
受けて立つと言わんばかりに、神崎は俺がこれからすることを止めようとせずに、構えをとる。
「悪いが、それで耐えれるほど甘いもんじゃねぇぜ」
「そいつはやってみねぇと分かんねぇだろ」
「...いい心構えだ」
さすがは俺が尊敬する人物なだけはある。
「八十から八十七まで連続起動」
これは、俺がたまたま獲得したタイトルで、八十から八十七の能力を見た時に思いついた戦法。
・八十 —— <
・八十一 —— <
・八十ニ —— <
・八十三 —— <
・八十四 —— <
・八十五 —— <
これらのタイトル同士を組み合わせることで、さらに高みの存在へと昇華させる。
そうして出来た特殊なタイトル。
「<
俺がそのタイトルを発動すると、神崎の攻撃から逃げていた際に作っておいた法陣が光輝くと共に現れる。
法陣を使用することで、それぞれの力の統合、同時行使を可能にする。
召喚の力で精霊の助けを得て、さらに自分自身で天候を操作し、火力上昇を織り込む。
それぞれを最大まで威力を上げるために、昇華の能力をエンチャントする。
そして、ようやく準備が整った。
「これは、人間が出す技じゃねぇ。指輪よりも、もっと上の...」
「——神」
神崎が言おうとしたことを、指輪がポツリと呟く。
「ふっ。受けてみろ神崎。この一撃で決めてみせよう」
「はっ。やってやらぁ。その勝負、受けて立つぜ」
空が黒い雲で覆われ、その中を輝く精霊達が飛び交う。
そして、先ほどの指輪の試合で見た白い
そして、それが狙うは地上に二つの足でしっかりと立つ一人の人間。
まさかここまでの力を解放するとは。
なんて思うが、もともと俺のタイトル<器用貧乏>を扱うには、神崎相手にはこれくらいしないと勝てないだろう。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
ありったけの力を込めて、神崎へとその攻撃を放つ。
「<
ドォンッ!!!!!
力強いエネルギーの塊である雷が神崎目掛けて落ちる。
一瞬。その間に神崎は己が持つタイトルを使い、防ごうとする。
しかし、そのどれもが雷の中で消え失せていった。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
神崎が残すは手の中に納めている剣一本。
雷を前の必死に鍔迫り合いをしてみせる。
だが、そんなものでは止められない。
「チェックメイト」
ドォンッ!!!
またも大きな音が試験場内を木霊する。
強い光と、衝撃によって生まれた煙の中、試験場の中を外から確認する方法はない。
煙の中では、今は二人の人物が会話していた。
「さてと、よくあれを受けてまだ意識があるね」
「...俺の、力をみくびられちゃ困る、な」
意識はあれど、もうかなりギリギリっぽいな。
「これは俺の勝ちってことでいいのか?」
「...」
「ふむ」
返答はなかった。
しかし、何かを考えていることが神崎から伝わってきた。
「...負けたわけじゃ、ねぇ。俺が、お前を、認めてやっただけだ」
「なるほど、そうか。それは嬉しいことを聞けた」
「あ?」
神崎は知らないだろうが、俺はお前を尊敬している。
そんな人物に認められたのだ。
たとえ、それがどんなに酷い相手でも。
「ありがとな」
「何を、言って...」
そこで神崎の意識が途絶えた。
俺は手を上に向ける。
「<
強い風を思いっきり吹かし、あたりの煙を撒き散らす。
ようやく視界が開けた試験場を見た他の生徒たちがざわざわと騒いでいた。
そして、そのざわつきを掻き分け、張りのある声が試験場に響く。
「勝者。朝比奈 夕人」
その事実を聞き、周りは話を止め、かえって試験場は静かな場所へとなった。
これが俺、器用貧乏の踏み出す最初の一歩だった。
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