4-8
携帯が鳴る音で、恋は眠りから覚醒した。液晶を見ると、電話の主は
「俺だ。妙なことしてねえだろうな」
「真面目に仕事してるわ」
嘘ではない。
「黄衣の王についての報告だ。予想通り、三ツ門町のあの店は団体の資金源になってたよ」
「なにがなんでも若い子を狙いたいわけね。なんだか、色んな搾取のパターンを想像しちゃって具合が悪くなってくるわ」
「まだ全容まではわかってねえが、ほぼお前の想像通りだろうな。それで、これはお前にとって一番重要な情報だろうが、片須冷はこの団体の元締めだ」
「教祖ってこと?」
脳裏に、あの彼岸花畑の光景が再生される。貴方の宗教になる。背に太陽を受けて言った冷の姿。風に揺れる彼岸花。
「まあ、そういうことだろうな」
「そう」
歌舞伎町に長く居たであろう彼なら、若い女から搾取する方法など、恋の想像できた以上の数を思いつくはずだ。吐き気がした。
「救済する気なんてなかったんじゃない」
「なに?」
思わず零れた言葉は、上手く電波に乗らなかったようだ。その方が良い。
「なんでもない、続けて」
「……それから、芋づる式に厄介な団体も出てきた。この話は役に立つかわからねえが」
「聞かせて」
「この団体は、ルルイエ教団とかいう団体と対立してる。黄衣の王を追ってる途中で、互いに揉めて喧嘩になってる現場に遭遇して何人か捕まえたんだが、まあ似たような宗教団体だ」
「まさか、深緑色の布を被ったりしてる?」
「なんでわかった」
恋は説明する。深緑色の布を被った男に襲撃されたこと。神威歌劇団の公演名とハスターを信仰する団体の名前が同じであること。教団と同名の奇書が存在すること。
「偶然ってことはねえだろうな」
「襲撃してきたのがルルイエ教団の人間なのは間違い無いと思う。ねえ、ルルイエ教団の人間と接触することはできない?」
「馬鹿言うな! お前、豚の血をぶっかけてくるような連中と真正面から話し合うつもりか?」
「話してみなきゃわからないわ。それに、警察に話さなかったことを部外者になら話してくれることもあるかもしれない」
黄衣の王を率いているのが冷であるとわかった今、それに対立する存在であるルルイエ教団の存在は大きな鍵となる。確かにまともな話ができるか怪しいが、場合によっては冷を追い詰める手段になり得るかもしれない。
「……流石に拘留中の奴と会わせるわけにはいかねえ。だが、保護された奴が一人いる。そいつの身元引受人になれば、なにか聞けるかもな」
「保護? 巻き込まれたの?」
「よくわからねえんだが、揉めてる現場で酒飲んで酔っ払って寝てた奴が一人居たんだ」
「なにそれ」
「そいつに直接聞いてくれ。保護してるのは
「壇日? なんでそんなところに」
突如として全く予想していなかった地名が現れて、思わず声が裏返る。壇日は学生や学術研究者が集まる場所だ。赤霧特区の一つで、家庭の事情で学費の捻出が厳しい学生や、立場が不安定になりがちな若い研究者に対して生活や研究資金の補助を行っている。とても揉め事と縁がある場所とは思えない。
「頭のよろしい大学生の考えることはわかんねえよ。とりあえず話は通しておくから、身元引受頼むぞ。あと、犯罪の臭いがしたら俺にも知らせろ」
「わかった」
警察官に付き添われて出てきたのは「今時の若者」だった。ゆるくパーマがかかった髪は、染めているのか飾りなのか、所々色づいている。てっきりもっと野暮ったくて、生真面目そうな学生が出てくるものと思っていた恋は内心面食らっていた。宗教とは縁遠そうな青年だ。
「初めまして。
青年、小田牧謳に名刺を渡すと、彼はそれをじっと見つめた。
「ライターさんが、どうして僕の所に?」
覇気が漲る、という話し方ではなかった。寧ろ穏やか──というよりは、ぼんやりとした印象の方が強い。
「君に色々聞かせて欲しいことがあるの。黄衣の王と、ルルイエ教団について。協力してもらえる?」
「まあ、それくらいは」
彼が言いかけたとき、くう、と腹の虫が鳴く音がした。無論、恋のものではない。
「……お腹空いてるの?」
「はい。僕、一昨日から何も食べてなくて」
黄衣の王とルルイエ教団のトラブルがあったのは一昨日の夜と聞いている。事情聴取中に食事を出すほど警察が親切とも思えないので、男子大学生には辛いだろう。
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