1-3
「おい、なにしてるんだ」
まさかそんなわけがないだろう、と思いたかった。予想してしまった結末よりも、彼女が狂人だという落ちの方がまだ何百倍もマシだ。
「悪いけど手伝って。あたし一人じゃ夜が明ける」
彼女の言葉通り、真っ暗だった空は少し白み始めていた。こんな所を人に見られては言い訳ができない。さりとて、結末から逃げるわけにもいかない。
「くそ、自棄だ」
彼女と同じようにごみ袋を手に取り、中身をぶちまける。早く終わらせて、そんなわけがなかったじゃないかと言いたい一心だった。
恋が逆さまにしたごみ袋から、何かが転がり落ちてべちゃりと音を立てた。中には生ゴミが詰まっていたようで、路上には食材の破片が散乱した。
その中心に、肉の塊が落ちている。握り拳程度の大きさで、先がいくつかに分かれている。どこかの料理店が捨てた、鶏の足だろうと思いたかった。
緑川よりも、
今度は緑川の番だった。悲鳴を上げたつもりだったのに、声が出ない。喉からは息が漏れ出る無様な音しか出ない。あばらを折られんばかりに胸を圧迫されているかのように息ができない。夢の中で走ろうとするときのように、足が上手く動かない。
鶏の足に、長くて、輝く石が散りばめられた爪などついているはずがない。転がり落ちてきたのは人間の手だった。手の甲の皮は引きちぎられたかのように剥がれており、肉は一部が削げたのか骨が露出していた。
冷たい風が吹く。コートがはためくほどの強風だ。風に煽られて自重に耐えられなくなったのか、少女の足下にあったゴミ袋が倒れた。ごろり、と中身が転がり出る。赤黒く汚れた長い髪に、肉が削がれて真っ白な頬、目玉がこぼれ落ちて虚ろになった穴を持った首が、こちらを向いていた。
少女がそれを覗き込む。見るな、と言いたかったが、喉が引きつってしまう。
「──ちゃん……」
おそらくそれは彼女の友達だという少女の名前だったのかもしれないが、悲鳴に飲み込まれてしまった今、それを聞き取ることはできなかった。
それから、いち早く恐怖から態勢を立て直した恋が警察に通報した結果、他のゴミ袋からも身体の破片がぼろぼろと見つかった。何人か警官が嘔吐する声も聞こえた。
現場にはあの警官──
「お前ら、なんなんだよ。どうやってこの死体を見つけた」
「あんたが動いてくれなかったから、自分達であらゆる手を使って探したわ。それこそ草の根分けてね」
そう言って、恋は短いペンを取り出し、一度ノックした。
「そうだとしても、そんな馬鹿な女がこの街には多すぎるんだよ。そんなのいちいち一人一人調べてる暇も人手も──」
ペンから、交番で散々好き勝手言っていた蘇芳の声が流れる。あれは録音機だったのだ。
「お前、いつの間に……!」
「みすみす殺人事件を見逃した挙げ句、随分なことを言ってくれたじゃない。あの人達にも聞かせてあげてもいいんだけど」
恋は顎で現場検証をしている警官達を示す。しかし蘇芳も簡単には引かない。
「だからなんだってんだよ。お前がそれを流したところで、せいぜい」
「ただのゴシップでは済まないぞ」
すかさず、緑川は彼に名刺を差し出した。その肩書きを見たのか、彼の顔色がみるみるうちに青褪めていく。
「……なにが目的だ」
そういった彼の声は、側からもわかるほど上擦って、震えていた。
「簡単なこと。今後あたしに協力しなさい」
「協力だあ?」
「あたしの目的を果たすためには、公権力があったら話が早い時もあってね」
「なにしたらいい」
蘇芳は苦い顔で応える。
「とりあえずは、あたし達がこの後さっさと帰れるように」
「……わかった」
「逃げないでよ。あんたの顔も名前も覚えたからね」
大きな舌打ちを一つして、蘇芳は警官達の中に入っていく。
「ありがとう、お陰様でスムーズに事が運んだわ」
恋は緑川に笑いかける。
「君は、いつもこんなことをしてるのか」
「警官を脅したこと?」
「違う。こんな風に……事件の存在を暴いたりしているのか」
「毎回こんな大事になるわけじゃないけどね。なに、あたしを責めてるの?」
「そうじゃない。一緒に、働かないか」
思わぬ提案だったのか、恋は意外だ、という感情を隠すことなく顔に出した。自分でも、こんな状況でそんな提案をするのか、とも思う。
しかし、彼女からはただならぬものを感じる。ネタの匂いを、ライターとしての嗅覚が感じ取っている。
「君が言っていた目的とは何なのか、今は深追いしない。だが、俺が協力できることがあれば手を尽くそう。そして君は俺から依頼を受けて、記事を書き、報酬を受け取る。損な話ではないと思うが」
「情報と労働をトレードしようと」
「どうかな」
なるほどね、と彼女は頷いた。
「細かい条件は、全てが終わったら協議しましょう」
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