不幸は人間に花咲く憂鬱
東城夜月
プロローグ
碌でもない「もの」ばかり喰ったせいか具合が悪い。薄汚れた路地の壁に手をついて、ふらつきながら歩いていた。
全身の細胞を駆使して、限界を超えて飲み込んだ肉塊を吐き出す。目ぼしい知識も記憶もない、ゴミ同然の存在だ。吐いたところで惜しくもない。噛み砕いた骨と肉はもはや薄紅色の泥と化していた。
こうして嘔吐している場面を見られたとて、ただの酔っ払いとしか思われないだろう。新宿歌舞伎町。この街では、路上で人間が嘔吐している姿など背景の一部でしかない。
だが、こうして嘔吐していると酷く惨めな気分になる。そして、かつては背中を擦ってもらえたことを、否応無しに思い出すのだ。
彼女は今どこにいるのだろう。もうこの街を捨てて遠い土地に行ってしまったのだろうか。自分と過ごした記憶も捨てて。あるいは、自分に見つからないように息を潜めて近くに潜んでいるのか。あの夜の記憶を抱えたまま。
いずれにせよ、こんな場当たり的な方法では彼女に辿りつけないだろうと理解し始めていた。ゴミ同然の存在を無差別に殺した程度では駄目だ。もっと多くの犠牲を。
ならば、路上を行きかう人間を無差別に殺し回るか。それは非効率的だ。彼女が自分を見つける前に、公権力が動くだろう。もうあらゆる角度から迫害を受けて、逃げ隠れするような生活はまっぴらだ。そもそも、そんな自棄を起こしたところで自分の存在そのものが隠蔽されてしまうかもしれない。混乱を招かないようにというお題目によって。この国はそういう国だ。
ただの虐殺に依らない、より多くの人間を踏みにじる方法を。
人を踏みにじりたくないと泣いていた彼女に相応しい、多くの不幸を拡散する方法を。
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