第122話 誘惑


 呼ばれたのでまた王城に向かうことになった。


 奴隷の件の話し合いもありレオンも一緒だ。


「レオン様」


 城に着くとすぐに、女性がレオンに駆け寄った。


「セラフィナ・ウォータリスでございます。今回、レオン様の計らいで助かったと聞いております。本当にありがとうございました」


 きれいな恰好をしているので一瞬分からなかったが、マービュリア国の貴族令嬢だ。跪くと、レオンに頭を垂れた。


「偶然とはいえ、ウォータリス家のご令嬢を助けることができ幸運でした。妹の件では随分と世話になりましたから」


 レオンが手を差し出して立ち上がらせる。女性の方はうるんだ瞳でレオンを見上げていた。


 私ほど背は高くなく、華奢な女性。歳は私と同じで二十歳を超えた程度だろうか。王族に嫁ぐ予定だったためか、慣例よりも遅れた結婚になったのかもしれない。


「今後はどうされるので?」


 そのまま手を放そうとしない相手にレオンが一瞬だけ微妙な表情をしたが、微笑んだまま問いかけた。


「ご厚意で一時こちらに滞在をさせて頂く予定です。ですが……国外追放とされ、頼れる者もない状況は変わりません」


 うるっと目を潤ませて伏し目がちに言う。


「ミモザさんと違い、想う方のために国を出たのではありませんから」


 私は華々しい婚約破棄歴はあれど、悪い意味で返される場所はあった。自由はむしろ望んでいたことだが、貴族令嬢として何不自由なく育った女性が一人、それも異国に来た途端奴隷商に捕まったのだ、心細くもあるだろう。


「お話し合いの場まで、エスコートして差し上げてはいかがでしょうか」


 手を放す気配がないので、どうぞと譲る。それを聞いて令嬢は流れるようにエスコートを受ける姿勢を取った。


「……申し訳ありません。婚約者を置いて別の女性を連れて歩くつもりはございませんので」


 左腕に捕まった手をそっと外し、私の横に来る。


「こういう時は心細い女性を慰めるべきではないですか?」


「男が女性に与える慰めは、時として優しさで許されないことがあります」


 無理強いはしないが、手を取られ、エスコートされる。


 令嬢に睨まれるかと思ったが、困ったように笑い一度頭を下げられた。


「申し訳ございません、ご婚約者様とは知らず」


「いえ、軽率な事を言ってしまい申し訳ありません」


 見目麗しい女性が泣いているのだ。私のようなちょっと擦れた女よりも余程くらりと来そうなものだ。そう思って引いたのだが、レオンはどうも空気が読めなかったらしい。


 私の手を取るとレオンが進みだす。それに合わせて案内の者が前を歩きだした。レオンの横を令嬢が続く。


「今回の奴隷の捜索はリラ殿が求めたものです。私の功績ではありません」


「そうなのですか……」


「いえ、ブルームバレー国からの依頼であって、私の要求というのも正しくありません」


 魔法石も手に入ったので、欲張るならば別のものをと思っただけだ。ルビアナ国としても、大量の魔法石よりは安上がりだろう。個人的な理由もありはしたが、わざわざ言う必要はない。


「そうでしたか……。それでも、結果として私が助かったのは事実でございます」


 これからどうするか、どうなるかは彼女自身の問題だ。私が深入りすることはない。無論レオンが深入りしたいと言ったら止めるつもりはない。


 話し合いの場に着くと、輸送方法や確認方法など、かなりきっちりとした事務手続きについてだった。恐らく平民が対応したが、かなり仕事ができる。


 魔力や魔法で解決できることは多い。だが、肉体労働職にこそ向いた能力だ。正直、管理職や領地統治をする貴族にそこまで必要かと言われれば、経営などの知識の方が必要だ。


 魔法が使えるものは珍しいが、それほど価値ある生き物ではない。


「直接の往来を許可頂けるのはありがたい。飛行船の発着に適した場所を借り受け、運用させていただきたい。無論、使用量は支払います」


 定期便を就航し、そのタイミングで奴隷として売られたものを国に返すことになってレオンが素直に感謝する。元々直接行き来できなかったために遠回りをしたのだ。


「聖女が見つかった以上、貴国とは国交を結んで損はないだろう。無論、妹に加担してマービュリアに味方するようであれば、すぐに許可は取り消すことになるがな」


「……妹に経済的な援助はします。それがどう使われるかまでは把握が難しいですが直接武器を輸出することはありません。無論、妹のいる領地が襲われれば、話は別です」


 政治的な攻防が始まったので、出された茶菓子などを食べて時間を過ごす。こちらに話が振られないなら楽でいい。


「リラ様……折角ですから、お庭を散歩しませんか?」


 そう誘ってきたのはマービュリア国のご令嬢だ。


「そうですね……。レオン様、わたくし少し外の空気を吸ってまいります」


「城の庭ならば温室に行くといい。そなたの国よりは温かいとはいえ、今は冬だからな」


 レオンに話しかけたが答えたのは王様だ。レオンは少し悩んだが了承してくれた。


 こういう交渉は殿方が行い。夫人たちは別途お茶会などで情報交換をするのが一般的だ。それを考えて、止めなかったのだろう。




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