第97話 マービュリアの王位継承条件


 馬車での出立準備がされる間、レオン・ソレイユとその婚約者を持て成すことになる。


 アクアリオスは産まれた時から苦労をしてきたので、質素な生活も美徳と思うことにしてきたが、ミモザと結婚し、その家族に対する持て成しとなると、流石に普段の通りではよくないことくらいは理解ができていた。


「リラさんと……料理を?」


 半島だが海街からは少し距離のある領地だ。それでも、マービュリアの特産である海鮮をと運ばせていたのだが、予定したものが届かず、夕食には間に合わないと考えていたころ、そんな話が出た。


「ええ、今晩は、義妹となるリラさんに料理を習いますわ。お母様達もご一緒にお菓子作りをしたとお手紙をもらっていて、ずっと憧れていましたの」


 兄が誑かされているに違いないと言っていたミモザが、リラとの料理を提案する。ミモザも今晩は普段の食材しか用意できていない事は知っている。それを誤魔化すためにもいっているのだろう。


「お兄様もアクアリオス様も、難しいお話がおありでしょうけれど、わたくしは、折角できた妹との交流時間が欲しいのです」


 行動力と適応力の高い妻は、年下ながらに頭が下がる。この生活に愚痴を言うこともなく、懸命に支えてくれているのだ。


「はぁ、ミモザ、これはリラ殿にもかかわる話だから一緒にいてもらいたいのだが」


 レオンがため息をつく中、頬を膨らませて抗議する。領民の前では毅然とした態度を取っているが、兄弟の前では昔を思い出す態度を出してしまっている。


「馬車で時間がありますし、その時に教えていただければ構いません。こちらのお酒……食材にも興味がありましたから」


「ほら、女性には女性の外交がございましてよ!」


 乳母に子を任せ、リラの腕を既に掴んでミモザが言う。


「あまり、リラ殿に迷惑をかけないように。リラ殿……妹が無礼を働いた場合は無視してこちらに戻っていただいて構いません。後で叱っておきますから。どうも母達の悪影響で……わがままに育ってしまって」


「頭の悪い令嬢達と違って、お母様達に似て清く正しいだけですわ。ほら、行きましょう」


 そういって、リラを連れ出して消えて行ってしまう。


「ミモザは迷惑をかけていませんか? あの調子ではわがままも多いのでは」


 兄としての顔でレオンが問いかける。


「いいえ、彼女は裕福な生活に慣れていたというのに、こちらの生活に文句の一つも言わず。……よい機会ですから一度里帰りをさせようとは考えていたので。帰国の際には一緒に連れ帰っていただきたい」


 王の崩御が近いという話は来ている。人の生には終わりがある。おじい様はとっくにそれを超えている状態だ。いつ、亡くなられても不思議はない。


 二大派閥のどちらにもつきたくない、もしくはつけなかった者たちが私を推そうとしている。


 少なくとも新王が選定され、落ち着くまではミモザたちには安全な場で過ごしてほしい。


「本当に、迷惑でしたら縛ってでも引き取りますが」


「いえ、迷惑だからではなく。聖女と名乗るレレン……様が出てきてから、どうもきな臭さが増しています。ミモザは炎魔法を使えるとはいえ……子を守りながらとなれば、話は別です」


 結婚までの経緯から、迷惑をしているととられてしまったようで慌てて言い訳をする。


「炎属性を継いでいないのですか」


「……残念ながら、息子は水属性の可能性が高いと」


 水の属性でなければ、王にはなれない。だからこそ、ミモザと婚姻した時点で王位争いをあきらめたと思われた。だが、長男が水魔法を使えると知られれば、折角遠ざけた危機が戻ってきてしまう。


「アクアリオス殿は、王位を継ぐおつもりは?」


「……私が求めているのはミモザたち家族の幸せです。王になることで、それが得られるとは思いません。そのような考えの男に、国を治める大義を背負うことはできませんよ」


 産まれた時から王になる事はないと母に言われて育った。元より、国を治めるような器量がないのはわかっている。


「わかりました……。ミモザたちはこちらで。無論、アクアリオス殿への支援もソレイユ家として惜しむつもりはありません」


「それは、心強い」


 妻子を自分の力だけで守れないというのも情けないが、プライドのために死なせるわけにはいかない。今回、レオンが来なかったら、無理にでも里帰りをさせていた。


「レオン殿が婚約者であれば、リラさんも心強いでしょうね」


 私では、産まれがいいミモザを妻にしてもこれだけ苦労を掛けてしまう。


「魔法陣の話が出た時、リラ殿の出自を聞かれていましたが何か理由が?」


 あの時は流石に失礼なことを聞いてしまった。


「ぶしつけな質問をしてしまいました。リラさんを貶めるためではないのです」


「こちらにも情報は来ているのでしょうが……彼女は実家の後ろ盾がなくなった状態です。今後は触れないでいただきたい」


「貶める訳ではなく……聖女の話で出た、祝福をもつ一族の可能性が一瞬頭によぎったのです。今の我が国と違い、水魔法自体はブルームバレーでは珍しいものではないというのに」


 平民ですら、一定以上の魔力と水属性であれば王族に誘拐されると娘の属性を隠すようになっている。その理由の一つとして、その祝福を探していることもある。


「一族の乗った船が沈んだと言っていましたが……水魔法が使えたのでは?」


「ああ……他属性は中々わからないですよね。水魔法とはいえ、海のような体積が大きすぎる水を操るのは難しいのです。水魔法だからといって水中で息ができる訳ではないですし、荒れた海に放り出されては、他の属性よりも多少抗う時間が長引く程度で、いずれ魔力が切れてしまうでしょう」


 その言葉に、レオンの顔が少し引き攣った。


「流石に、船の沈没を留めたりはできないのですか」


「それができれば祝福の一族よりも優れた水魔法を使えたことになりますよ」


 笑って返す。私も血筋では王族だ。船を沈めることはできても、沈みゆく船を浮かせるのは間近にでもいない限りは不可能だ。


「他国の聖女伝説には興味がありますので、伺っても? 我が国の聖女様については秘匿されていますから、お話できないというのならば無理にとはいいません」


「お話したように、聖女と言うわけではなく……私が今預かる領地の一部はその一族が管理していた土地だったのです。海神様への神事を担当する一族で、国政には関与しない代わりに半ば独立国のような立場を保った領地でした。祝福があると言われていたのは、有事や難局の際には王がその一族を訪れ、なにか神事をしてもらい、解決するということからです。残念ながら、その内容については存じ上げないので」


 管理する一族が消えてから長く、野生動物の被害も多くなり、改善するのにも苦労している。


「一族が乗った船とは言いましたが……普通、どこかへ旅をするにしても、それだけ重要な役割を任されているならば不幸があった際の対応は考えているのでは?」


 その問いに苦笑いが漏れる。


「私が産まれるより随分前のことです。ハーレムへその一族の娘を入れるように命じたのです。それを拒否すれば、これまで与えていた特権を全て剥奪すると。詳しい話は知りませんが、その後、一族全員で一つの船に乗り、その船が沈没しました。私の母は、そのことを知りショックを受け、王族から辞して出家したと」


 王族の横暴に嫌気をされて、一族で亡命を考えたのか。だが、去ることを海の神が許さなかったのかもしれない。


「ご遺体は?」


「いくつかは回収が出来たそうですが、傷みも酷かったようで」


 漁港の船が有志で捜索に出て、発見されたが、かなり酷い状況だったと聞く。


「レレン様は、船に乗らなかった傍系の子孫だと言っています。それを証明できないように、嘘と言う証拠もない状況。ならば、生き残りが他国に行きついているかもしれないと……」


 あり得ない話だが、遺体の数が正確に把握できなかった以上、生き残りがいないとも言い切れない。もしも、その子孫がいるならば、このどうしようもない現状も解決できるかもしれない。


「残念ながら、リラ殿がそうである可能性はないでしょう……」


 公爵家が婚約者を調べていないわけもない。両親の家系を調べるのは当たり前だ。


「そうですね。そのような偶然はないでしょう……。ルビアナ国から一月ほどでこちらに戻られるとは伺っています。その間に、ミモザにも里帰りの仕度をさせておきます」


「わかりました。飛行船の職員がその間お世話になります。滞在費用が足りないことがあればあれば遠慮せずに言ってください。暇を弄んでいるようであれば働かせても構いませんので。扱いは妹が知っています」


 飛行船の通過は申請が必要だ。互いの国の貿易のためであれば通行料は高くないが今回はレオン個人の移動であるためかなりの額を払っているはずだ。それもあり、一度帰さずに船員もこのままここで待機となる。その間の滞在費と称して、必要な金額の倍近くが準備されていた。


 実質資金援助だが、こちらに気を使わせないための配慮だろう。


 本当に、できた嫁を貰ってしまった。こんな私に惚れてしまった事だけが、唯一残念なところだろう。




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