第90話 寝台


 別に、入浴はいつもしていただろう。だが、俺の部屋で入浴をしている。そう考えると、そわそわする。


「レオン様は、本当にリラ様がお好きですね」


 うろうろと歩いていると、呆れたように侍従が言う。


「彼女ほどの人はいないだろう」


「はは……でも、仕事の手伝いもできますし、使用人への態度も心得ておられますし、いい方を見つけてくださって、ほんっっとうに良かったです」


 妙に実感を込めて言われる。


 次期女主人として、リラが使用人からも評価されているのはいいことだ。


 リラに対して失礼なものは解雇してもいいが、それでは根本的な問題の解決にはならない。


「リラ殿には……」


 ふと、腰掛けたベッドで言葉を切る。


 リラの部屋も確認は一通り済まされていたが、違和感がした。


 魔力量が多いからか、あまり繊細な違和感を持てないが、精神干渉をされかけたのだ、対策は講じている。


 腕時計を見る。時計としての機能もあるが、魔法陣を検知する機能が試験的に組み込まれている。


「……」


 指で侍従を呼ぶ。


 今回選んだ侍従やメイドには検知が上手いものを入れている。


 時計を指さすと、それまでと違い眉根を寄せた。


「部屋に戻っていていただいてもよろしいでしょうか」


 検知は一種の特異魔法にも分類される。電気魔法が使えるものがほとんどであり、周りに魔力が多いものがいると感知がうまく行かないこともあるらしい。


 元々俺が使う予定の部屋とリラの部屋は続き部屋だが間には侍従とメイドの部屋があり、直接行き来はできない。これにも作為を感じる。


「……どうかしました?」


 今晩は、メイドの部屋でリラには寝てもらうことになるだろう。そう伝える言葉が、ゴクリと言う唾の飲み込みに変わってしまった。


 寝巻姿で、髪をザクロが乾かしている。湯上りで白い肌がいつもより赤い。酒場でエールをかけられた時、リラはかなりの薄化粧だったが、それでも美人だった。今も、普段のように完璧に整えられていないというのに、いつもと違って隙があって、こう……とても可愛らしい。


「レオン様、流石に婚約者と言えども湯上りの姿をじろじろ見るのはいかがなものかと」


 淡々とザクロに言われ、慌てて後ろを向く。


「いえ、ちが、わなくはないですが。違うのです。少々事情が」


「まあ、どうせ部屋に戻るときにすっぴんは見られることになったでしょうし、別に気にしませんよ」


 リラの危機管理について、もう少し気を付けて欲しいところだ。


「……それで、どうかされました?」


「今晩は、飛行船と同じ配置でお願いしたいのです」


 リラの寝台に何か仕掛けがあるかも知れないと直接言うことは避けておく。詳しくは明日話すことになるだろう。


「……わかりました」


 一応察してくれたのか、リラが了承する。


「リラ様のお部屋を用意してまいりますので、レオン様、リラ様のお世話をお願いいたします」


 言うとザクロがメイド用の部屋に入っていく。


 リラは飛行船ではメイド用の部屋を使っていた。リラに用意されたベッドではなくメイド用のものを使うように言うのはまるで嫁いびりのようだが、仕方ない。流石に、こちらで一緒に寝る訳ではない。いや、俺が侍従の部屋で寝て、リラに俺のベッドを使ってもらう手もあるが……。それは、ちょっと、まだ早い気がする。


「ザクロは、少々遊びが過ぎますね。よくできたメイドのようですけれど、レオン様にまで命令をするとは」


 リラがため息をつく。


「……その、そちらに行っても?」


「構いませんが?」


 本当に気にした様子もなく返される。


 振り返るとリラが自分で髪を梳いていた。胸よりも長い髪が、まだ少し濡れている。


「髪が、長いと……やはり手入れも大変ですね」


「第一夫人は短めの髪ですが、貴族令嬢は長いことが多いですから。公爵夫人のように、立場があればとやかく言われることはないでしょうが、私では陰口を言われてしまいますから」


 ビオラ母上は、昔から公爵夫人としてもずれていた。開発や領地管理の補佐など、仕事に関しては優れているが、貴族令嬢としては模範にできない人だ。それを母さんは徹底してサポートしているので成り立っている。


「短い方がお好きですか?」


 首を傾げるリラに首を横に振る。


「リラ殿がしたい髪型で。いえ……短い姿も綺麗でしょうし、今の長さも色々なアレンジを見れてとてもいいと思っています。特別に、どういう髪型が好きと言うのがなかったので」


 女性から、髪型や服装について問われた時、絶対にしてはいけないことは何でもいいということだと聞いている。だか、どのリラも可愛らしいのでどれがいいとは言えないのだ。


 例え、殿髪型でも綺麗だと思っているのが同じだとしても、言い方を間違えてはいけないと聞いている。


「リラ殿は、どういった髪型が好みですか」


 リラにこちらの要求を押し付けるのはできるだけ避けたい。これまで無理に婚約を強いられ、辛い思いもしてきただろう。


「今の髪型もレオン様に似合っていますよ?」


 リラがどんな髪型をするのが好きか聞きたかったのだが、予想外に褒められた。


「今日は……もう過剰摂取の状態です」


 昨日はオーバードーズするリラ成分を摂取してしまったが、連日のことで心が持たない。


「? 大丈夫ですか」


 今は、気を配るべきことが多いというのに、守るべき対象のリラが惑わしてくる。




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