第9話 ライラック領の貯水池


 ライラック男爵領には大きな貯水池がある。


 人口的に作られたものだ。自分の父親とされている前男爵が始めた一大事業だったが、結果は散々なものだった。


 水を貯める立派な瓶を作っても、水が流れてこなければ貯まらないのだ。雨の季節でも、精々三分の一。雨水がたまっても、自然と地に染み込んで減っていった。


 私がライラック男爵家の私生児ではなく子女として迎え入れられたのは、水魔法の適正があったからだ。


 牢馬車で連れてこられたのはその水が減った貯水池だった。


 牢馬車から出されると、兄が不遜な態度で腕を組み、顎でそちらを示す。


 連れ去った理由は、次の婚約の元へ送るためと、枯渇しかけた貯水池の水の補充だったのだろう。


 婚約書に、絶対に盛り込まれる要項があった。


 半年に一度は絶対に帰郷させること。滞在期間は三日から一週間程度でいいとしていた。


 それだけあれば、水を貯めることができる。


 仕方なく、貯水池へ手をかざす。


 水が湧き出るイメージをすれば、雨が降っているわけでもないのに水位が上がりだす。


 ごく僅かだが、水面が光っている。コップ程度では光らないので、大量だからなのか、検証もしていないのでよくわからない。


 逃げることはできるだろう。だが、役目を終えてしまった方が手間なく帰れるかもしれない。次の契約先の公爵家は今のところ話せばわかってくれている。


「……相変わらず、気持ちの悪い女だ」


 アルフレッドが毒づく。


 兄も魔法は使える。だが貴族はみだりに魔法を使わないので実際に使っている姿を見たことはなかった。


 最近、どうも魔力が多く余っていたので、いつものペースより早く水が溜まっていく。


 魔力が尽きかければ自動で意識が無くなるので、目が覚めるのはいつもの部屋だろう。どうせ倒れるまで止められないのだからとっとと済ませようとより出力を増した。


 芯から冷えるような感覚がしだしたとき、馬の嘶きが聞こえた。


「何をさせているのだ!」


 集中を途切れさせたくなくて、そちらを見なかった。


 どうも何か揉めている。


「こんな魔法を使わせて。正気か!」


 誰の声だったか。聞き覚えがあった。


 あ、目の前が、黒くなってきた。貧血に似た感覚と共に体の力が抜けた。頭を打たないように、膝をついて、うずくまろうとしたら、ふっと浮遊感があった。


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