呪われ男爵令嬢は13回目の婚約破棄をさせたい
笹色 ゑ
婚約編
第1話 めざせ婚約破棄で自由の獲得
「私は、ライラック男爵令嬢との婚約破棄をここに宣言する」
ブルームバレー王国の王太子が春の宮廷晩餐会で婚約破棄を宣言した。去年は同じ場で、衝撃的な婚約が発表されたそうだが、婚約者だった私はその場には参加しなくてもよかったのでどんな風だったのかは知らない。
ただ、色々と大変だったとは聞いている。
何せその婚約者、たった今破棄されたので元婚約者は貴族爵位で言うと最下位の男爵位の娘で、王子よりも七つも年上で、王妃が許可しなかったという理由で婚約発表の場にすら出席しなかったのだ。
元婚約者が本当に存在するのかと疑われたが、ライラック当主で私の腹違いの兄であるアルフレッド・ライラック男爵は今日と同じく出席して、盛大に賞賛を受けて気持ちよさそうにしていたそうなので、事実だと認識が広がった。
「マリウス王太子殿下。いま、我が妹、リラとの婚約破棄をされると申されましたか」
兄のアルフレッド男爵が震える声で確認をする。今日も自分に酔っているらしい。
正式な発表を遮って、男爵が王族に声をかけるなど不敬の極まりだが、今を逃すと悲劇の兄をやるチャンスがないのであえて出てきた。隣に立たされた私は、終始下を向くしかない。どうしても耐えられず肩が震えるが、泣いていると見えることを祈った。
「ライラック男爵令嬢には申し訳ないと思っている。婚約も、破棄も、こちらからの要請であり、ライラック家には一切の責任がないことを皆に伝えておく」
婚約を公表することも、破棄の際にこちらの非ではないと宣言することも、アルフレッド男爵がつけた条件だ。これで、男爵家でありながら、王族にかかわりがある家門となれると考えているらしい。
「では、何故婚約破棄にっ」
妹の折角の縁談が破棄されたと問いかける権利は確かにあると、他の貴族も止めはしなかった。
それに応え、王太子のマリウスが貴族たちを見た。
マリウス王太子は確か十五くらいだったと思うが、努力ができるいい子だ。何よりも、大切なものを見つけたので、今後は安泰だと思っている。
若いのに王や王妃の力を借りず、堂々と理由を説明する。
「皆に報告がある。先日、新たな聖女様が現れた」
少しざわついていた貴族たちは、身の程知らずにも婚約した男爵令嬢が捨てられたという話ではなく、十年待った吉報に一度静まり返った。
「知っての通り、聖女様は王族との婚姻しか許されていない。だからこそ、男爵令嬢との婚約を破棄し、新たに聖女リリアン・ローズ様と私が婚約をすることを皆に知らせる」
タイミングを見計らい、中央階段の上に王と王妃が現れる。リリアン様の晴れの舞台は見たくて、顔を上げた。
聖女はブルームバレー王国にとって、守護者である。
聖女様の『祝福』で天災が抑えられ、安定した国家運営が可能になる。その習慣をただのまじないだと嘲笑う貴族もいたが、今はそのまじないに縋りたい貴族が多数いた。
前の聖女様が亡くなって十年。普通は数年後には新たに力を発現した聖女様が見つかるが、所在不明の時期が続いたのだ。
数年は問題がなかったが、五年も経てば水不足による不作が起きだし、大きな地震も起きた。
領地を預かる貴族の税収が減り、逆に自領の民へ恵みを与えるために身銭を切る必要すら出てきたのだ。
「我が息子、マリウスと聖女リリアン・ローズ様との婚約をここに承認する」
王が宣言し王と王妃の間に、美しい少女が進み出る。その近くには警護がたくさんついていた。
銀髪に青い目をした美少女は、白いシルクに真珠をあしらった少し質素にも見えるドレスを召していた。むしろ、それくらいの方がリリアン様の神秘的な美しさを引き立てられる。
まだ幼さの残る顔に、はにかむような控えめに微笑みを浮かべている。立っている姿は大変に可愛らしい。
リリアン様と目が合うと、私を案じるように表情が曇ったが、こちらが笑顔を見せるときらめくような笑顔が返ってきた。それに貴族が抑えきれずにわっと歓声を上げた。
大衆の注目は完全に聖女様に注がれている。リリアン様の晴れ舞台も一目見れたし、私の出番はもういいだろうと、場を離れようとしたら兄に腕を掴まれた。
「どこへ行く。同情をしっかり買ってこい」
歓声にかき消される声はしっかりと耳に入った。不浄のものでも触ってしまったかのように突き放され、体勢を崩して膝をついてしまった。
こんな場で、膝をついて蹲るなど、貴族令嬢としてあるまじき行為だが、だからこそ、同情を買い、より王族に後ろめたさを待たせられるとでも思っているのだろう。
「………」
手をついて、顔を上げることができなかった。せっかく、リリアン様が頑張って作法を覚えてこの場に挑んでいるのだ。水を差してはいけない。
だが、どうしても感情が抑えられない。必死に魔力が漏れないように抑えた。
「リラ嬢、手を」
目の前に、誰かの手が差し出された。しゃがむ腰には帯刀している剣が見えた。この場で刃物を持つことが許されているのは警備かかなり上の爵位のものだ。こんな場で声をかけるのだから、警備が来たのだろう。私に何かあってはリリアン様が悲しまれると判断されたのだろう。
差し出された手を見つめた後、相手の手を借りず、顔も確認せずに庭園へ続く扉へ逃げ出した。
次は兄に捕まることなく外へ出ることができた。
「ふっ、ふふ」
人目がなくなると堪え切れずに笑いが漏れた。
王宮の庭園の中へ入る。何度か歩いたので迷うことはない。進むごとに、魔力がジワリと漏れ出して、周りに小さな水球が浮かび始める。
庭園には光魔法か電気魔法で光が点されている。水球に光が反射して、きらきらと光る。まるで雨の時間を止めたように不自然に浮かんだそれを、感情の整理をするように一つにまとめる。目立たないように、王宮よりも高い上空へ集めていく。
貴族が貴族たる理由。それは魔力を持ち、7代要素のどれか一つに変換して魔法を使用できることだ。
男爵の血である私にも、それは発現した。
七つの魔法の中でも、もっともありふれた水の能力。
雨を降らし、清い水を作れるだけの魔法。
こんな魔法でもこれがなければ、下女の子である私が貴族の娘として他の貴族と婚約をすることにもならなかっただろう。
だが、それももう終いだ。
「やっと自由になれる」
顔を上げ、手を大きく振る。
溜めに溜めた水の塊が霧散して、細かい霧に変わる。
婚約破棄イベントは、人生に一度あれば十分だろうが、私は違う。
王太子との婚約破棄ともなれば、流石に演出が派手だという感想が出てしまうくらいに、私は婚約破棄イベントに慣れてしまっていた。
一度目の婚約破棄は運命の女性に出会ったから婚約破棄をして欲しいと土下座をされた。二度目は駆け落ちして謝罪すらなかった。一度や二度ならばまだしも、私は今回で十二回、婚約破棄をされている。
そこからついたあだ名がハッピー・ライラックだ。
ライラックは普通四枚の花弁だが、五枚の花弁を持つライラックを見つけると幸運が訪れる。そんなところからついた二つ名だ。そして、ハッピー・ライラックと呼ばれても、決して私自身がハッピーになる訳ではない。
私と婚約すると、幸運が訪れる。そして、用済みになると私は婚約破棄を言い渡される。
だから、王族が私と婚約したのだ。十年間見つからなかった聖女を見つけるために、そんな噂に縋るほど、追い詰められていたのだ。
「こんなにうれしい婚約破棄は初めてだわ」
耐えきれずに満面の笑みになってしまう。
十二回も婚約が成立したのは、金欲しさに妹を売り渡す男がいたからだ。
だが、今回の功績で、私は男爵家の所有物から解放される。
もう、誰とも婚約しなくて済むのだ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます