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 中学を卒業して、カズタカがどんな道へ進んだかは知らなかったけれど、間もなく不穏な噂が母の口を通してぼくの耳にもたらされることになる。

 ──カズタカが死んだ……?

 ぼくは断固信じるわけにはいかないと思った。

 小学校を卒業したてにモトクロスバイクの競技中に不遇の事故死を遂げた同学年の男子がいた。また、中学一年の夏に、池で溺れて命を落とした他クラスの男子もいる。恐らく母は彼らと混同しているに違いないとぼくは思っていた。

 結局真相はうやむやのまま時は経ち、ぼくはめでたく成人式を迎えることになる。

 成人式当日、久し振りに中学の同級生と再会し、ある居酒屋にて同窓会の運びとなった。待ち合わせ場所の私鉄の駅のコンコースで皆が来るのを待っていたら、ある一人が「カズタカの弟だ」とそちらに指を差した。彼は当時カズタカとつるんでいた不良仲間の一人だ。ぼくは彼の示す方向へと視線を移した。少年の日に会ったきりの弟の面影をぼくの記憶は失っていた。カズタカの面影を重ねてみる。一瞬、どこかカズタカに似ている気もしたが、他人ひとに指摘されなければ皆目分からず仕舞いに違いない。弟はぼくらには全く気付く様子もなく階段を下りて行った。

 ぼくは意を決して、正面の何事も訳知ったもう一人の同級生に、それとなくカズタカの訃報の真相を尋ねてみた。

 公道を走行中のバイク事故であった。今年で五年の歳月が流れていた。カズタカが、この世を去っていたことは紛れもない事実であった。

 急にある春の日の光景がぼんやり頭に蘇った。六年生に進級する年だ。ぼくたちは校門から掃き出され、学校を取り囲む金網を背に整列させられ、背筋を正され、退職してゆく先生方を拍手喝采で見送った。こんな白々しい演出でも涙を滲ませる先生もいて、ぼくらの名演技も捨てたものではないなと内心ほくそ笑んだ。その中に誇らしげに闊歩する後藤先生も混じっていた。ぼくに気付いた彼女はこちらをチラと一瞥して戸惑ったような眼差しを投げかけた。あの目の色の意味は愚鈍なぼくには到底理解し得なかったが、少しでも劣等生の気持ちを解してくれたならカズタカやぼくの傷心も救われたものを。もっと大人に対して尊敬の念を抱く切っ掛けになったやも知れない。

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