心の中の色彩画
スミンズ
第1話
もう60年も前の事だ。私は薄暗い絵を好んで描いていた。決して、モノクロの絵を描いていた訳では無い。ただそれは色鮮やかでは無くて、誰の目から見ても綺麗だとは感じ取れないようなものだった。
言うならば生命を描いていた。
生命はそれぞれ色鮮やかな色彩を持っている。外面にしろ、内面にしろだ。それでも、私は生命を薄暗く描いていた。
何故ならば。私から見た
けれども、生命の終わりというものの色合いはなんとなくわかる。
黒い。そして、薄暗く。蒼い。
だから私は描き続けた。生命の終わりを想像しながら。生命の美しさを描き続けた。
筈だった。
皆はその絵を観て、まず第一に不気味だと言った。親は『そんな絵を描くんじゃない』と叱責した。理由を訊ねると、そんな簡単に生き物の死を表現してはいけないとのことだった。
けれど、私には何故簡単に生き物の死を表現しては行けないのだろうと思った。死ほど人間が平等に与えられたものは無いというのに。
そして死が巡ってくるからこそ、きっと人間は美しいのに。
私はそう思い続けて、ずっとそんな薄暗い絵を描いていた。いつの間にか不気味な奴だと思われるようになっていた。だがみんな私を勘違いしていた。
死は美しいが、生は綺麗なのだ。
そう。整然としていて良くできている。弱肉強食で成り立っていて、それ以上でもそれ以下でもない。だから、とてもよく纏まっている。
死は、そんな綺麗が創り出す、最後の色彩だ。それは格別に美しいに決まっている。
だから、生というものが決して嫌いな訳では無い。綺麗なこの世界で、人は各々の美しさを探している。それが私にとっては薄暗く見えていて。それでもって美しいと感じているだけだ。
私は筆を握る。何年ぶりだろうか。パレットにのった紅に、ほんの少しだけ黒を混ぜる。そして、ぼんやりと輪郭を描き始める。私は昔よりも遥かに死に近づいている。なんだか、久々だと言うのに美しさが明確に浮かび上がってくるような気がする。
「できた」私はそう言って筆を置いた。
殺風景な草原に、小さな黒点と私の靴。土に溶けてゆく『色彩』。全ての綺麗を飲み込んでゆく美しい風景。
絵を描いて初めて、私の『美しい』の概念に全く変化が無いことに安堵する。私は私だ。そんな変な気持ちが心の底から湧き上がってくる。
そんな感じで、出来上がった絵をずっと眺めていると、近くから「これ、おじいちゃんが描いたの?」という声がした。
「あ、由佳ちゃんか。うん、そうだよ。おじいちゃんが描いた」
すると孫の由佳ちゃんはまじまじと私の絵を観る。そしてフフッと笑った。
「おじいちゃんの絵、どっかおかしいかな?」そう訊ねると、由佳ちゃんは首を縦に振った。
「ううん。おじいちゃんの心の中ってこんな感じなんだ」
「綺麗かい」私が訊ねると、由佳ちゃんはいいや、という。
「なんか、怖いけど。飲み込まれていく感じがする。全然綺麗じゃ無いけど、ああ。この絵は美しいなって感じるよ」すると由佳ちゃんは私を観て微笑んだ。
「そうかい。それは良かった」
私も微笑み返す。流石私の孫だ。
けどね、由佳ちゃん。君と、君の親……、私の娘が私の世界に綺麗でも美しいでも無い色彩を混ぜ込んだんだよ。
昔よりも多めに絵に入れ込んだんだ。明るく輝く赤色を。暖かい色彩を。
心の中の色彩画 スミンズ @sakou
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