26_赤ワイン

 雨の中、僕たちはホテルへと移動した。


「ああ、あそこだ佑くん。右手のアーバンホテルってとこ。見える? チェックインして先に入るから、ここで待ってて。後でルームナンバー送るから」


 そう言うと、秀利は僕を置いてホテルへと入っていった。


 強い雨脚と時間帯のせいか、人影は殆ど無い。探偵はどこからか、僕たちを見ているのだろうか。


 しばらくして、スマホが震えた。


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605号室にいます。直接、エレベーターで6階まで上がってきてください。

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 アーバンホテルは、小さな古いホテルだった。俗に言う、ビジネスホテルっていうやつだろう。僕は指示通り、エレベーターに乗り込み、6階へと向かった。エレベーターを降り、605号室へ向かう途中で再びスマホが震える。何か変更があったのだろうか。


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佑、イチゴ好き? 田舎から沢山送ってきたの。

好きだったら、お店に持っていくけど。

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 響だった。


 返信をしようかとアプリを開いたが、すぐにスマホを閉じた。返事があったとしても、今は返せないからだ。


「響さん、ごめんなさい」


 僕は心の中で呟いた。



 605号室をノックすると、秀利はすぐにドアを開けた。


 シングルベッドこそ2つあるものの、とても狭い部屋だ。2つのベッドに挟まれたテーブルには、コンビニで買った赤ワインが置いてある。その横には、2つのグラスも用意されていた。


「ごめんね、狭い部屋で。まあ、掛けて掛けて」


 僕は手前のベッドに腰を掛けた。すると秀利は、ベッドは2つあるにも関わらず、僕の隣に腰を掛けた。


「とりあえず、ワインでも飲もうか」


 普段、酒を飲まないという秀利だが、僕の前ではいつも酒を飲む。本当は酒が好きなのだろうか。それとも、酔うことによって少しでも緊張を和らげたいのだろうか。


 秀利からグラスを受け取ると、僕たちは狭い部屋の中で乾杯をした。


 赤ワイン。先日飲んだサングリアのようなものかと思ったが、サングリアに比べると、随分と渋い味がした。



 僕たちはたわいも無い話を続けている。秀利はずっと話し続けているが、どこか上の空のように感じた。


 僕もそうだ。秀利の言うことに相づちを打ったり、聞かれた事に答えているだけだ。早くこの時間が過ぎないだろうか、そればかり考えていた。ホテルの中までも、雨音が聞こえてくる。雨脚は依然強いのだろう。


「ところでさ、佑くん」


 僕の右手に、秀利の左手が触れた。右横に座っている、秀利からの視線を感じる。


「佑くん……抱きついたりしたら、ダメかな……? 嫌……?」


 心臓が高鳴る。


 嫌だ……凄く嫌だ……


 何て答えればいい……?


「……どう? もっと佑くんに触れたいんだ。……ダメかな?」


 秀利は、僕の右手に指を絡めてきた。


「……ぼ、僕、実は体に触れられるのが苦手なんです。……女性とも、今まで無いんです、そういう事。……前の人にも怒られたんです、この事で」


 僕は嘘と本当の事を織り交ぜて話した。僕は、男女問わず体の関係を持ったことが無い。これは本当だった。


「そ、そうだったんだ。……ごめん、佑くん」


「……すみません、ホテルまで来たのに」


 しばし間が空き、秀利は諦めたかに見えた。



「……じゃあさ、佑くん。……見るだけ。佑くんを見るだけでもだめかな?」


「……ふ、服を脱ぐって事ですか?」


 秀利は少しの間を空けたあと、「そう」と言った。

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