第15話 ミニチュアのレッスン

 たぶん、私は死にそうな顔をしてる。

 死にそうって言うか、魂は息絶えたよ、完全に。

 おばあちゃんは私の顔を見るなり、「どうしたの!? お腹でも壊したの?」って聞くし……。

 ってか、絶望的な時の私の顔って、どんなんなん???


 おばあちゃんに文化祭のことを話すと、「すごいじゃない。葵ちゃんにしかできないことね。いい経験になるわよ、絶対」と大喜びだ。

「でも、でも、私、人に教えるなんてムリだよ」

「いいじゃない、学校の友達相手なんだから。文化祭なんだから、気楽にやればいいのよ」

「そんな、ムリだよ。きっと、どもって、まともに話せないし」

 って、そもそも友達じゃないし……。私、いつも一人だし。

「教壇に立ってクラス全員に教えるわけじゃないんでしょ?」

「そうだけど……みんなとあんま話したことないから、少人数でもムリだよ」

「じゃあ、いい機会じゃない。みんなと打ち解けるチャンス」

「打ち解けられないよ……何を話せばいいか分かんないし」

「ミニチュアの作り方を教えるだけでいいんじゃない? 雑談とかムリにする必要ないでしょ」

「だって、どうやって教えればいいか、分かんないし」


「教えようなんて思うんじゃなくて、自分が普段していることを、そのまま言葉にすればいいんじゃない? これから粘土を丸めます、とか、実況中継してるような感じで」

「実況中継……」

「葵ちゃん、ミニチュアを作りながら、時々独り言を言ってるでしょ? あれをみんなの前ですればいいだけだと思う」

 ぐぬぬ。おばあちゃんにも独り言はバレてるのか……。

「でも、でも、独り言とは、やっぱ違うって言うか」

「じゃあ、私に教えてみる? 練習台になるわよ」

 おばあちゃんのニコニコ顔に負けて、練習台をお願いすることにした。



「それでは、クロワッサンから作ります」

 リビングのテーブルの上には、樹脂粘土、カッティングマット、クッキングシート、プレス器、デザインカッター、定規、絵の具と絵筆を置いてある。

「あら、こんなに道具を使うものなのね」

 おばあちゃんは一つ一つを珍しそうに手に取っている。

「粘土をこねるだけなのかと思ってた。みんなも、この道具を使って作るの?」

「あっ、そうか。どうなんだろう……。全員分の道具ってあるのかなあ。先生に相談してみる」

「そうね」

 担任の岩田先生は熱血って感じの体育の先生で、みんなからは人気があるけど、私はちょっと苦手。若い男の人と話すってだけで緊張するって言うか。。。。。。美術の先生に相談してみるかな。なんて、既に逃げの姿勢。


「どうしてクロワッサンなの?」

「私が最初に作ったのがクロワッサンだから。小学校のとき、夏休みに公民館でミニチュアフードづくりの講習会があって、そこで作ったのがクロワッサンとおにぎりだったの」

「そういえば、そんなことあったわねえ。葵ちゃん、喜んで私にも見せてくれたものねえ」

 おばあちゃんは、私のいろんなことを覚えていてくれてる。何気に嬉しい。

「えーと、まずは粘土をこねます。この粘土はすぐに使うんじゃなくて、最初にこねこねするの。分量はこれぐらい」

「へえ、ずいぶんしっかりした感触の粘土ね」

「こねたらやわらかくなるよ。こんな感じで、指先でぐいっと伸ばして、折りたたんで、をしばらく繰り返します」

「粘土なんて触るの、何十年ぶりかしら」

 おばあちゃんは真剣に粘土をこねている。私も一緒にこねながら、次に何をするのかを頭の中で確認していた。普段は習慣で無意識にやってるから、いざ教えようとすると、「あれ、次は何だっけ?」ってなっちゃう。


「うん、これぐらいやわらかくなったらOK。これを丸めて、このスケールの15ミリの丸に合わせて、15㎜の球にするの」

 半円形にへこんだ定規の15㎜の大きさのところに粘土を詰めて、丸い粘土にする。

「粘土だから目分量でやるもんだと思ってたけど、ずいぶん繊細なのね」

「同じものをたくさん作る時は、大きさをそろえるためにこのスケールを使うの」

「なるほどねえ」

「で、これを平らに伸ばします」

「せっかく丸めたのに、くずしちゃうのねえ」

「で、ここに色をつけます」

「へえ、そうなの。できてから色をつけるんじゃなくて、ここで色をつけるのね」

「できてからも塗るんだけど、生地にも色をつけておくと、よりリアルになるって言うか。絵の具はちょっとで十分。筆の先にちょっとだけとって、粘土に乗せます」

 黄土色のアクリル絵の具をちょこっと粘土につける。

「それから、絵の具を粘土でつつんで、またこねこねします。伸ばして、折りたたんで」

「なるほどねえ。これがパン生地になるのね。本物のパン生地みたいな色」

「色ムラがなくなったら、また丸くして。これを5センチぐらいの棒にします」

 カッティングマットの上で、丸い粘土を指先で転がしながら、棒状に伸ばしていく。

「なつかしいわねえ。昔、粘土でよくこうやって細長くしたっけ」

「うん、この作業すると、子供の頃を思い出すよね。ハイ、これで生地の基本は完成」


 カッティングマットに小さく切ったクッキングシートを敷き、棒状の粘土を置いて、さらにクッキングシートで挟む。

「これをプレス器でぐぐぐっとつぶして、薄く伸ばします」

「これ、楽しいわね」

「あんまりつぶしすぎると広がりすぎちゃうから、それぐらいでいいと思う」

 楕円形になった粘土に、あらかじめボール紙で作っておいた二等辺三角形の型を置く。

「この型に合わせて、余分なところはデザインカッターでカットします」

「本物のクロワッサンも生地を二等辺三角形にして、巻いていくでしょ」

「そうなの?」

「昔、パン作りに凝ったことがあって、クロワッサンも作ったことがあるの」

「そうなんだあ。じゃあ、ここからの作業は簡単かな。巻く前に、この生地にデザインカッターで線を入れていくの。力を入れすぎて切り落とさないようにね。放射状に線を入れて、それから三角形の底辺のところから、クルクルクルと巻きます。ハイ、これでできあがり」

「できた、できた。なるほどねえ、線を入れると、パイ生地の積み重なってる感じが出るのねえ」


「で、これをレンジで20秒ぐらい温めて乾燥させるの」

「へえ、粘土もレンジでチンするの」

「時間があるなら、一晩おいてもいいかも」

 二人でレンジの中を覗きながら、なんだかとっても楽しいことに私は気づいた。

いつも一人で作ってるから、分からなかったけど。誰かと一緒に作るのって、新鮮✨

 チンと音が鳴り、すかさず粘土を取り出す。

「うん、これぐらいでOK。これに、色を塗ります。まずは黄土色から」

「あら、ちょっと色がつきすぎちゃったかしら」

「他の色を塗り重ねるから大丈夫。この色が乾いたら、薄い茶色と赤茶とこげ茶を重ねていきます。アクリル絵の具はすぐに乾くから、作業しやすいんだよね。薄い色から、濃い色に重ねていくのがやりやすいと思う」


「うう~ん、焦げたクロワッサンになっちゃった」

「これはこれでいいんじゃない? たまに、そういうクロワッサンもあるよね」

「まあねえ。さすが、葵ちゃんのは、おいしそうじゃない。本物のクロワッサンみたい」

「何度も作ってるからね」

 二人で作ったクロワッサンを、カッティングマットの上に並べる。

「これで、上に粉をかけたり、中にハムやチョコを挟んだり、アレンジできるんだよ」

「そうなの。面白いわねえ、ミニチュアって。思ってたより、時間もかからないし。これはハマるのが分かるわあ」 

「他にも作ってみる?」

「そうね。あ、でも、今日はここまで。明日にしましょ」

 時計を見ると、9時を回っていた。

「葵ちゃん、教えるのうまいわよ。分かりやすいし、丁寧だし。何を聞いても答えてくれるし。大丈夫、大丈夫。今の感じでやれば、みんな作れるわよ」

 相手がおばあちゃんだから、自然に教えられた気がするんだけど……。

 でも、ミニチュアを作りながら教える時は、相手の顔を見なくても大丈夫って気づいた。それなら、できる気がする。

 教えようって思うんじゃなくて、自分がやっていることを言葉にするって考えたら、できるかな。



葵’S MEMO:ミニチュアは人によって作り方が違います。ここで紹介したクロワッサンは、『樹脂粘土でつくるミニチュアフード』(アシェット・コレクションズ・ジャパン刊)を参考にしています。

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