第1章 想い出の家
第1話 私の聖地✨
「次は新宿~、新宿。右側のドアが開きます」
車内のアナウンスの声は、弾けるような笑い声で半分かき消される。
私の後ろには、同い年ぐらいの女の子のグループがいて、テンション高めにずっとおしゃべりしてる。話の内容は、たぶん、同じ学校の男の子の噂話だ。誰と誰がつきあってるとか、そんな話。
はあ。まぶしい……。
中学の時は男の子とほとんど話さなかったし、女子高に入っちゃったし、恋バナって私、何年ぐらいしたことがないんだろ。ん? ってか、小学生の時だって恋バナした覚えがないかも? 大丈夫か、私。普通、15歳って、もっと、キャピキャピしてるよね?
私はドアのガラスに映っている自分の姿を見つめた。
2つに分けて耳の下で結んだ髪。中学の頃からの定番の髪形で、可愛くもなんともない。
ピンクのフレームの眼鏡は、似合ってるのかどうかは分かんない。眼鏡屋さんで勧められたのを買っただけ。
デニムの膝丈のスカートに、モスグリーンのパーカー。白ソックスにスニーカー。それに茶色い革のリュックを背負っている。
どっからどう見ても、お上りさんって感じだよね……。ファッション系のサイトとか、見たことないし。制服で東京まで来るのはさすがに恥ずかしいから、適当に家にある服を着てるだけだし。
後ろのキラキラした女の子たちは、渋谷に行くのかな。メイクして、髪も時間をかけてセットしてるっぽいし、ミニスカートとか履いて、キレイな生足を出してて、私とはぜんっぜん違う人種って感じ。
私と言えば。
日曜日なのに、行くところと言えば……。
電車は新宿駅に滑り込み、ゆっくりとドアが開く。私は人波にはじき出されるように車外に出た。乗客が階段とエスカレーターに殺到する前に、階段を駆け上がる。
いつ来ても、日本中の人が集まって来た! みたいな、新宿駅の人込みは苦手。人波に飲み込まれないために、最速で改札までたどり着けるルートを、何回目かで開拓したんだ。
新南口の改札から出ても小走りで目的地に向かう。
何回も通ってるから、迷うことなんかない。
高島屋の明治通り口から入って、左手にあるエレベーターを目指す。
そのフロアは私とはぜんっぜん縁のない、高級なブランドのショップが並んでいる。店員さんに声をかけられることはないだろうけど、目を合わせないように、足元に目を落としてずんずん歩いて、そそくさとエレベーターに乗り込む。
目指すは、東急ハンズ!
6階に着くと、いつも急にぱああっと目の前が明るくなった気分になる。
そう、ここは私の聖地!
そのフロアに、ミニチュアをつくるための材料が並ぶ一角がある。
レジンや粘土という案内板を目にすると、テンションは一気に上がる。今月も、この日を待ってたのぉ~!
前、池袋のハンズにも行こうとしたけど、駅からハンズまでの道にあり得ないぐらいの人がいて、途中で貧血を起こしてしまったのは、私の黒歴史の一つ。
だって、地元のお祭りよりも、人が多いんだもん。道端でうずくまってたら、親切なお姉さんたちが心配してくれて、ペットボトルの水をくれて、駅まで送ってくれて……結局、ハンズに行けなかったけど、あの時のお姉さんたち、ありがとう。今でも、思い出すたびにお姉さんたちに幸あれって祈りを
「あっ、和風ミニチュアセットシリーズ、新作出たんだ」
ミニチュアハウスのキットが並んでいるコーナーに、新顔を見つけた。
「うーん、囲炉裏かあ……渋いけど、あんま惹かれないなあ。囲炉裏、囲炉裏。うーん。まわりに魚を串刺しにして並べる感じ? あ、こっちのお店屋さんシリーズも新作ある。ん、ドーナツ屋? ドーナツは形がみんな同じだから、作りやすいんだろうけど、どうだろ」
ついクセで独り言を言っていると、隣にいたおばさんがビックリした顔でこっちを見てから、足早に立ち去ってしまった。「ヤバいものを見た」って感じで。
やっちゃった。テンション上がると、独り言が出ちゃうんだよね……。
ま、いっか。気を取り直して。
私の今日の一番のお目当ては、エンボスヒーター✨
3000円以上もするんだよね、これ。今まではお小遣いから買ってたから、ためらってたけど、初めてのバイト代が入ったし。やっぱ、いろいろと便利そうだから、今日は買っちゃう。思い切って買っちゃう。そのためにバイトを頑張ったんだから、いいよね? いいよね?
エンボスヒーターの箱を手に取って、眺める。
私は今、最強のアイテムを手に入れるっ!
それと、樹脂粘土。いくつ買おうかなあ。先月はおにぎりと幕の内弁当を作るのであっという間に一つ使い果たしちゃったからなあ。幕の内のエビフライと卵焼きがうまくできなくて、何度もやりなおしたし。2つぐらい買っとこ♪ んー、他のメーカーの粘土も試してみたいけど、やっぱりこのメーカーの樹脂粘土が
「いつも楽しそうね」
ふいに声をかけられて、驚いて声を上げそうになってしまった。
振り返ると、東急ハンズのエプロンをつけたおばさんが、にこやかに立っている。
えっ、何、もしかして、万引きをしたと思われたとか……!? 私、私、挙動不審ですかあ?
「ごめんなさい、驚かせちゃって。あなた、よくここに来て、何時間もかけて選んでるでしょ? よっぽど楽しいんだなって思って」
「あ、ハ、ハイ、まあ、ハイ」
「アクセサリーを作るの?」
「あ、いえ、ミニ、ミニチュアの家とか、フードとか」
「そうなの、すごいわねえ。器用なのねえ」
おばさんは樹脂粘土の一つを手に取った。
「私は不器用だから、こういう手作り関係のって、さっぱり。でも、うちの息子はジオラマって言うの? あれにハマってて、部屋中いっぱいなの。鉄道模型とか、飛行場とか。ちゃんと電車も走るしねえ。一日中、何かを作ってるのよ」
「そうなんですか」
ジオラマは情景をつくる模型だって、巣鴨の専門店の店長さんが言ってたな。博物館に飾ってあるような、街を丸々再現したのとか、山間にある駅とか。小さな人形も飾ってあったりするよね。ああいうのを作ってるなんて、本格的なんだなあ。
「ネットで材料を取り寄せたり、私もよくハンズで材料を買ってくるように言われるの。ああいうのにハマるとキリがないわね。もう出来上がったのかと思ったら、『まだ7割しかできてない』とか言うし。完成まで2、3年かかったりして、よく続くなって」
そうそう、そうなんですよ!
作りはじめると、あれも入れたい、これも作ろうって次々とアイデアが出て来て、無限なんですよ!
ああ、いいなあ。理解のあるお母さんで。材料も買って来てくれるなんてうらやま
「牛山さーん、ちょっといいですかあ」
他のスタッフさんに声をかけられて、おばさんは「はーい」と返事をした。
「ごめんなさいね、ペラペラおしゃべりしちゃって」
「いいいえ、そんな」
「ゆっくり選んでね」
おばさんは優しい笑みを残して去って行った。
ああ。ホントは、もっとちゃんとお話ししたかったのに。相槌しか打てなかった。いつものことだけど。
思わずため息をつく。
心の中ではたくさんおしゃべりしてるのに、いつも言葉にできるのは、ほんのちょっとだけ。それじゃあダメだって分かってるけど。大人になったら、ちゃんとしゃべれるようになるのかな。
1時間ぐらいかけて買うものを選んで、レジに並んだ。
ラッキーなことに、さっきの牛山さんがレジを打っていた。
「あら、買うもの、決まったのね」
「ハイ、あん、あんまりたくさん買えなくて……」
「ううん、必要なものだけを丁寧に選んで買うのって、大事なことだと思う」
牛山さん、神! 神対応です!!
「うちの子も、外に買いに出てくれたらいいんだけど」
牛山さんは、ちょっと寂しそうな表情になった。
あ。さっき、一日中、何かを作ってるって。もしかして、息子さんって。
「7580円です」
「ハ、ハイ」
1万円札を出して、おつりを受け取る。
「ありがとうございます」
「あ、あの」
私は何かを伝えたくて、でも、何を言えばいいのか分からなくて。
「また来ますっ」
私の言葉に、牛山さんはやわらかく微笑んだ。
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