コンバット総理

何もなかった人

第1話 総理の秘密

 波立つ南西の海。遠くの水平線が太陽の光に煌めいていた。その中を、白い巡視船が勢いよく航行している。船の側面には「海上保安庁」と、青く大きな文字で書かれている。


 船の先端に立つ乗組員は、遠方の一際大きな漁船を見つめている。その漁船の側面には隣国の国旗が確認できた。彼らの漁網には、まだ魚はかかっていないが、漁を開始する構えだ。


 巡視船のスピーカーからは、厳しい日本語と隣国の言葉で警告が流れる。「こちらは日本の領海です。ただちに撤退してください」


 漁船の乗組員は、しばらく動じない様子を見せていたが、巡視船が迫るにつれて、やがてエンジンの音が大きくなり、船をUターンさせる。隣国の漁船は、不本意ながらも退去を開始する。


 巡視船の乗組員たちの間にも、一息つく空気が流れる。しかし、彼らの視線の先には、新たな漁船の影がもう一つ、確認されていた。この繁忙な領海では、彼らの任務は、まだまだ終わりそうになかった。



 国会の議場。大きなシャンデリアが天井から吊り下げられ、壮麗な装飾が施された部屋は、重々しい空気に満ちていた。


 内閣総理大臣が演壇に立ち、目の前の議員たちの視線を一身に浴びている。彼の目の前には、左派政党の女性党首、小松沙織代表が堂々と立っていた。


 小松代表は、冷静な口調で総理に問う。「軍艦ではなく、漁船でしょう? これは隣国も戦争ではなく、外交的な解決を望んでいることを表しています。総理。我が国には防衛費の増額よりも他に、やることがあるのではないでしょうか?」


 総理は、少し目を細めて小松代表を見つめた。「最悪の事態を想定することが、政治の役割であります。もしも我が国が侵略されたら、あなたは、どうされるのですか?」と逆に質問する。


 小松代表は、即答した。「そのときは、私も銃を持って戦います!」


 その言葉に、議場の一部がざわつく中、野党の議員たちからは一斉に拍手が湧き起こるのだった。



 首相官邸の執務室。部屋の大きな窓からは都心の夜景が広がり、都会の静かな煌めきと対照的に、部屋の中は緊迫した空気が漂っている。重厚な木目のデスクの上には、国会の討論の録画が映るテレビがあり、その映像を前に総理は、眉をしかめている。


 彼の隣に立つ、若い男性の秘書は、少し緊張しながら言葉を選ぶ。「ウクライナには徴兵制があり、国民が訓練を受けているから、銃を扱えるのです。日本国民が銃を持っても、何もできないでしょう」


 総理は秘書を、じっと見つめる。「銃を撃つとは、どんな感じかね?」と静かに質問する。


 秘書は少し驚いて、瞬時に答えを探る。「私にも分かりません」と、その真実を包み隠さずに伝える。


 総理は深く息を吸い込む。「警視庁と電話を繋げてくれ」と突如命令する。


 秘書は驚きの中で、瞳を大きくして総理を見つめる。この突然の要望に、どう対応すればいいのか。一瞬の間、彼は困惑してしまうのだった。



 警視庁の屋内射撃訓練場。重々しい響きが響く中、総理が立っている。初めての経験にもかかわらず、彼の手には拳銃が、しっかりと握られている。射撃の的は黒と白の色彩で描かれ、その中央に赤い点が際立っている。


 「ブンッ!」という銃声が響き渡る。発射された弾は、的の少し上を掠め、飛んでいく。総理は、初めは不慣れな動きを見せるが、次第に、そのフォームは安定していく。次の弾、次の弾と、彼は的を狙い撃つ。


 秘書や警察官たちが警戒する中、総理の表情は変わっていく。初めの緊張から、熱中と集中の表情へと移り変わる。彼の目は鋭く、的をじっと見据える。


 再び「ブンッ!」という音が響くと、今度は的の中心、赤い点の真ん中に弾が命中する。その正確な射撃に、総理自身も驚く表情を浮かべるが、その後すぐに満足げな微笑みを見せる。


 警察官たちの中には、総理の驚異的な成長速度に驚く者も多かった。一方、秘書は総理の熱中する姿に、少し心配そうな顔をしていた。彼は、このまま総理が銃の魅力に取り憑かれるのではないかと、内心では不安を覚えていた。



 屋内射撃訓練場の照明が銃の煙で、ぼんやりと見える。弾丸の残り香が鼻を刺激し、緊張感が空気を震わせている。総理は拳銃をテーブルに置き、自分の撃った結果に自信満々の表情で語る。


「どうだ、私の腕は。初めてにしては大したものだろう。私に、こんな才能が眠っていたとはな」と興奮の色が総理の顔に出る。


 秘書は総理の様子を、半ば呆れながらも心配そうに見て言う。「総理。あなたが射撃訓練をしたことが外部に漏れたら、大変なことになります。そろそろ引き揚げましょう」


 しかし、その言葉に耳を貸さず、「次は、ライフルを試してみたい。持ってきてくれ」と、一歩も譲らない表情で警察官に命じる総理。警察官も少し困ったように、しかし総理の命令には逆らえず、ライフルを持ち出す。


 総理は、ライフルの重さやバランスを確かめるように構えながら、その扱い方を警察官から指導される。肩にぴったりと当てる姿勢、視線をしっかりと的に向けること、そしてトリガーを引く瞬間の呼吸の止め方。全てを瞬時に理解する総理の姿に、秘書は更なる不安を感じていた。


 そして、その瞬間。総理がライフルのトリガーを引く。「バンッ!」という重低音が部屋に響き渡り、的の中心部に新たな穴が開く。その命中精度と、総理の自信に満ち溢れた様子に、場にいる全員が息を飲む。

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