7章:しゅぎょう!

第72話 お父さん登場

『売国太郎議員は、閻魔優子様にワカらせられて以降、すっかり大人しくなりましたね。以前はどこの国の議員だという言動がウザかったですけど』


 病院のテレビの中で、コメンテーターがものすごく嬉しそうに発言している。

 優子が家出して以降、世間の反応は好意的だった。


 内心ウザったくてたまらないと思ってた人間が、委縮して発言しなくなったからだ。

 看護婦さんも、雑談で「なんだかんだ言って、4人目の腕力家様って世の中のためになってない?」って言ってるのを聞いたことがある。


 次はあいつもワカらせられればいいのに、って喋ってるのも聞いた。


 最初さ。

 優子が出て行ったことは家族が家を出て行ったことが一番の問題だったけど。


「……これ、不健全だよ」


 ……春香ちゃんが私の隣で呟いた。


 私も同感だ。

 こんなのおかしい。


 優子の言うことが何から何まで正しいって、そんなわけないじゃない。


 それなのに


 自分が気に入らない人間が優子に酷い目に遭わされているから、歓迎するって。

 それは絶対違うでしょ。


 法律を定めている意味無いじゃん。

 野生の王国だよ!


 ……でも。


 今の私たちは、優子には勝てない。

 春香ちゃんと一緒に力を合わせて戦っても、一撃入れるのが精一杯。

 倒せなかったんだ。


 だから……修行するしかない。

 無いんだけど……


 私は左腕を骨折。

 春香ちゃんは左足大腿骨の骨折。


 腕を吊って、松葉杖をついている私たち。


 こんな状態では……修行なんて無理。


 どうしたらいいの……?

 お姉ちゃんとして、義妹を止めないといけないのに……!


 そう思い、責任を感じて沈んでいたら。


 大きな人影が私たちに近づいて来た。

 そして


「……花蓮。今回は大変だったな。通りすがりの最凶死刑囚との立ち合いで怪我をしたんだって?」


 ……私はその力強い声と姿に、ものすごい勇気と希望を貰ったんだ。


 それは


 大きな青い道着姿の人影。

 身長は2メートル近い男の人。


 筋肉はついてるけど、ウエイトトレーニングでついた不自然な筋肉じゃない。

 積み重ねた格闘グラップルの結晶。

 骨格が太くて、彫りの深い顔で。

 髪の毛はライオンみたいで、髭を剃っていないので、顔の下半分が真っ黒だった。


 その人の名前は……


「お父さん!」


 その人は、私のお父さん。


 閻魔大王之介えんまだいおうのすけだった。




「こんにちははじめまして国生と言います」


 春香ちゃんはペコペコし。


「ああ、娘に話は聞いてるよ。ありがとうね」


 お父さんは春香ちゃんに微笑みかける。

 で。


 私に向き直る。


 なので私は


「敗北を知りたいなんて戯言言って、暴れてるのが見過ごせなくて。立ち合いを挑んだら返り討ちに遭っちゃた」


 嘘だけど、本当のことを言うわけにもいかないので。

 私たちが怪我をしたのは、現在アメリカの刑務所から脱獄して日本にやってきているという2名の最凶死刑囚……スペルマックとドドリアンとの果し合いをしたせいだということにしていた。

 お父さんゴメンナサイ。嘘吐いてます私。


 すると


「……アメリカの格闘士グラップラーもレベル高くなったな。ひいお爺ちゃんの時代では、ビスケット・ニクダルマ以外はヘボしかいなかったらしいのに」


 お父さんは顎に手を当て、髭を弄りながら真面目に答えてくれる。

 そのせいで私の胸に罪悪感が湧く。うう、ゴメンナサイ。


「で……花蓮はどうしたいんだ? お友達も?」


 だけど、お父さんは。

 私の嘘八百に、真面目に応えてくれたんだ。


 どうしたい?

 私たちをボコにした相手に……?


 そんなの……


「リベンジ!」


 ハモッた。


 すると


「よし」


 お父さんは私たちに「立って、ついて来なさい」って言ったんだよね。

 だから私たちは……


 私は足は無事だったから大して問題なかったけど。

 春香ちゃんは松葉杖で一生懸命立って、お父さんについて行く。


 どこに連れて行かれるのかな……?


 病院の廊下を歩き……


 連れて行かれた先は


『リハビリ室』


 リハビリ室。

 本来は事故や怪我で普通に動けなくなった人間を、また普通に動けるように訓練する部屋。


 ここでどうするの……?


 ここに居る人は、機械でウォーキングをしたり、軽いマシントレーニングをしたり、手摺を持って歩行訓練したり……

 頑張ってるよ。

 そんな中。


「これだ」


 ……お父さんが連れて来てくれたのは。


 天井から吊り下げられた大きな黒い袋……サンドバックだった。




「サンドバック?」


 最初、理解できなくて。

 お父さんを見たら


 メチャクチャなことを言われた。


「……花蓮は左腕でこれを殴るんだ。国生さんは左足でこれを蹴りなさい」


 えええええええ?

 全治1か月以上の怪我をしているんだよ私たち!?


「そんなの無茶だよ!」


「やりなさい!」


 私が無茶を訴えると、お父さんはそれを却下。

 やれって言う。


 ……少し迷ったけど。


 私は最終的に


 左腕を吊っていた三角巾を外して、左腕をサンドバックに叩きつけた。


 伝わって来る痛み。

 それに思わず顔を顰めてしまう。


 バシッ、バシッ、バシッ……


「ううっ」


 力入んないし。


 痛みで涙が


 そんな私に


「花蓮ちゃん!」


 春香ちゃんも加わる。


 松葉杖を捨てて、一生懸命傷ついた左足で蹴ろうとする。

 太腿が折れてるから無理なんだけど、一生懸命やろうとする。


 そんな私たちをベガ立ちで黙って見つめるお父さん……




 そんなことを1時間くらい続けただろうか。


 ドンッ!


 ……何故だか。

 とても力強くサンドバックを叩けるようになってきた。


 自分が信じられない。

 ……どうなっているんだろう?


 そして


「えいっ」


 バンッ


 ……春香ちゃんも、素人の蹴りだけど。

 左足でサンドバックをちゃんと蹴れるようになってきた。


 ……どういうことなんだろうか?


「……治っちゃった」


「私も……」


 私は左腕の包帯を外し。

 春香ちゃんも左足の添え木だとか包帯とかを外す。


 戸惑っている私たちに。


 お父さんは言った。


「明確な目的を持って、それに向かう強い意志。それをサンドバックに向けて発揮するとき……人体はとてつもない底力を発揮するんだ」


 ……そうなんだ。


 すごいね、人体。


 こうして。

 私たちは全治1~2か月だった大怪我を、わずか数日で完治させてしまったのだった。


「身体が治ったなら次だ」


 そんな完治に戸惑う私たちを待たずに。

 お父さんは次のステージを示して来たんだ。


「ド田舎の農村で修行だ」

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