第17話

 デート当日だ!

 昨日は久しぶりにわくわくで眠れなかった。どれくらい久しぶりかというと、演劇の発表会で名前付きの役を貰えた喜びから一生懸命練習に励み、ついに本番を翌日に控えた前夜の小学生時代くらい久しぶりだ。本番は結局練習の成果むなしく噛みまくりだったけどね。人生なんてそんなもんだよね。悲しいけど。


 待ち合わせ場所は駅前だ。商業ビルの立ち並ぶ駅前には、前衛的で常人には理解できないけれど、目立つという点で待ち合わせにはうってつけのオブジェがある。そこで落ち合おうという話だ。うってつけというだけあって、休日の今日、オブジェの周りに人だかりができている様子が、車内からでもよくわかった。


「よーし、到着スね」


 駅前の路肩に車が音もなく止まる。シートベルトを外しながら、リカさんは言った。


「それじゃ、近くで待機してるんで、なにかあれば言ってくださいね」

「ありがとうございます」


 今日は土曜日にもかかわらず、リカさんが僕の護衛の任に就いてくれることになった。僕はてっきり登校下校限定だと思っていたのだけれど、どうやら休日の外出にも護衛するようにと母親が指示したらしい。


「義也くんは妙に女性に対する警戒心が薄いスからね、お母様の指示は当然スよ。ウチみたいなのが現れた時に対処できるようにしとかないと」

「リカさんみたいな人を抑えるのがリカさんなんですか?」

「毒を以て毒を制す、って有難い言葉があるくらいスからねえ」


 一緒になって襲ってきそうだという心配は野暮なのかな?


 車を降りてオブジェの近くへと歩を進める。意外なことに、待ち合わせ場所で人垣を作っていたのは全員が女性だった。男は一人として見当たらない。そのことが随分と不思議だったけれど、人だかりに近づいて僕は即座に理解した。


「男……?」

「男だ……」

「しかもめちゃイケメン」

「加えて超若い」

「襲ってくれってコト?」

「待て待て、少し様子を見よう……」


 あまりに注目を浴びすぎるのだ。男の少ないこの世界において、人目のある場所にいること。それだけで男は無数の女性から視線を集める。だから、ここには男は寄り付かないんだ。


 居心地の悪さを感じながら待っていた。すると、


「ねえ、お兄さん、待ち合わせ? 私たちとイイコトしない?」


 丸太に手足が生えて、マネキンの顔をくっつけたみたいな女性二人が声をかけてきた。身のこなしがやたらに煽情的だ。しかし僕はきっぱりと断る。


「しないです」

「ティーンと来た!」

 続けて、全身黒で固めた女性がやってきた。

「君、アイドルに興味はないかい? 君なら日本一……いや、世界一のアイドルになることも夢じゃない! どうか我がビナプロに来てくれたまえ! はい、これ名刺」

「興味ないです」


 礼儀として一応受け取った名刺には174《びなんし》プロダクション社長と書かれている。

 胡散臭いな……。


「オー、なんて美少年なんデショウ!」間髪入れずに、外国人が話しかけてくる。「あなたこそ我がマッシュ王国の美姫・ペッシュ姫の伴侶にフサワシイ! さあ、あちらの馬車へドウゾ! 姫がお待ちです!」


 一国の姫の伴侶を選ぶなら、もっと身辺調査をすべきでは?

 騒ぎを聞きつけたのか、どんどんと人が集まってくる。


「私たち七つ子の家庭教師に!」

 容姿で大学に合格できるんですか?


「私を甲子園に連れてって!」

 容姿で野球ができるんですか?


「オデ、オマエ、ヒトメミテハランダ」

 容姿で子どもができるんですか!?


 もはやお祭り状態になりつつある昼下がりの駅前。孤立無援に見えるけれど、僕には護衛がいる。それがリカさんというのは、一抹の不安を覚えるけれど……。ふと目を向ければ、一人で奮闘するリカさんの姿があった。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!! 義也くんはウチが守る!! どけええええええええええええええええ!!」


 迫りくる女性の波をちぎっては投げ、ちぎっては投げ。リカさん、ありがとう……。失礼なことを考えてすみません。


 きっと僕はすぐに場所を移した方がいい。こんなところに留まっているのは悪手だ。でもここからは動けない。なぜなら女神の降臨を待っているからだ。そして連絡先を知らないので、場所を変更することができないのだ。


「あ、いたいた。こっちだよ瑠奈」


 と、そこで人混みを泳ぐようにかき分けながら待ち人が来た。ごめん嘘。女神だった。女神がやってきたのだ。


「ごめん王子、支度に時間がかかっちゃった!」


 現れた小さな女神は、パープルの無地のパーカーにパンツというシンプルな出で立ち。日に煌めく金髪は、一つにまとめて被ったキャップの後ろで揺れている。いつもより活動的な印象が強い。


「あ、あの、すみません、でした」


 前髪を撫でつけて落ち着きなさそうな綾芽さんは、英字とインテリアのプリントされたオーバーサイズシャツにスキニーパンツという装いだ。これも敬愛するRemu式ファッションなのだろうか。だとすればRemuに感謝。あなたの服装は綾芽さんにとてもよく似合っています。


「今来たところだから、大丈夫だよ」


 うわ! 僕がこんなセリフを真っ当に使う日が来るなんて! なんだか感動だなあ。機会をくれたみんなに、感謝。


 心の中で合掌していると、剣吞とした声が飛んでくる。


「そこのお嬢さん方、少し待ちたまえよ。彼は私の事務所に所属してもらうことになってるんだ。順番は守ってもらえないかい?」

 という勝手な言いぐさは黒ずくめの女性だ。

「ちょっとちょっと、順番守れはそっちでしょ? 最初に声をかけたのは私たちなんですけど?」

 とは、丸太お姉さんの言で、

「シット! あなたたち不敬デース! 未来の我が王に見えるときは跪くのがペッシュ王国のしきたりデース!」

なんて言い出すのは先の外国人だ。


 いよいよ状況が混沌としてきた。あちらこちらで「私が先だった」、「いーや、彼は私と出かけたそうにしていた」などの言い合いが勃発し始めた。果ては掴み合いの喧嘩にまで発展しつつある。身の危険も感じ始めるけれど、周囲を囲まれているせいで離脱もままならない。危機的状況の中で、「こっちこっち!」と呼びかける人の影が。


 リカさんだ。


 僕らはバレないように視線だけで意思疎通を図り、そっと、リカさんの手により無力化されている女性たちの脇を通ってこの場を抜け出す。


 ほっと一息付けたのは、お祭り騒ぎの駅前から五十メートルは離れた物陰に辿り着いてからだった。


「さすがは王子。もはや芸能人レベルだね」

「あはは、すごかったね……」


 求められる側になるのも悪くないとは思うけど、あのレベルは勘弁だな。


「す、すみません、私、何も考えずに、駅前で待ち合わせ、なんて、言ってしまって」


 綾芽さんは縮み上がっている。待ち合わせ場所を指定した身として責任を感じているようだ。


「気にしないでよ。僕、一度でいいから女の子とデートの待ち合わせっていうの、してみたかったんだよね。いい経験ができたよ」


 漫画みたいなセリフも言えたしね。僕はわりと満足してる。


「リカさんも、ありがとうございました。助かりました」

「これが、ウチの仕事スから……」


 壁に寄りかかって精魂尽き果てた様子のリカさんが、真っ白になりながらサムズアップする。僕に殺到する女性の波を、単身で防ぐ防波堤の役割をしてくれたリカさんに敬礼。


「でも、どうやらウチはここまでみたいス。あとは、ピンチヒッターに頼ってください……」


 リカさんが震える指で指し示す先には、一台のレクサスがあった。車内では坂島さんが同じくサムズアップしてサポート体制万全だ。二人とも、休日にまでどうもすみません。僕は頭を下げる。


「そういえば、叶守さんはどうしたの? まだ来てないみたいだけど」

「キリカちゃんは、あの、一人で、向かってるそうです」

「待ち合わせ場所に来るより、現地の方が近いから、だって。マイペースだよね」


 叶守さんなら言いそう。でも、そのブレなさも叶守さんの魅力の一つなんだろうな。


「よし、じゃ、僕らも行こっか」


 デートの始まりだ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る