不細工すぎてイジメられたから転校したら、なんか美醜逆転してた
@toysiro
1 不細工男子、同盟を結ぶ
第1話
『マジェスティック・スカイ』運営チーム 御中
前略
SSR魔女レナ・クリスタについてお聞きします。
なぜ、今朝になって急にキャラデザインの変更をされたのでしょうか。
昨夜十一時頃までは、変更がなかったことを確認していますが、今朝起きてログインしたところほぼ別人になっていました。
私は彼女のキャラデザインが気に入って、多額の課金をして手に入れましたが、彼女の清流を思わせるスタイルや圧倒的なまでの美貌は今や見る影もありません。ソーセージのような平らな肉体と、小学生がおふざけで作った粘土細工みたいな顔面はいったい何なのでしょう。
この突然の変更について、公式に説明を行うべき事案と思われますが、ゲーム内のアップデート情報はおろか、公式SNS、ホームページ上にも今回の変更に伴う一切の説明がありません。
至急、ご回答をお願いいたします。
草々
*
問い合わせフォームの送信ボタンを押して、僕は涙を吞んだ。
「どうじで、ご、ごんなごどに……」
人の生きる世にこれほどの理不尽があり得るのだろうかと、僕は諸行無常を嘆く。
というのも、大作スマホオンラインゲーム「マジェスティック・スカイ」、通称マジェスカの看板キャラクター、かつ僕のお気に入り、魔女レナの見た目が無残にもナーフされていたのだ。
細くたおやかな体躯と彼女の母性を表す豊かなバストは、丸太のごとく凹凸のない寸胴体型となった。
星空をそのまま嵌め込んだかのように丸く大きな瞳は、紙幣挿入口みたいに細くなっている。
多くのプレイヤーを虜にした彼女は今や――直接的に言えば、ものすごく不細工になっていた。敵モブとして出てくるキョンシーの方がずっとかわいく見えるくらいには。
そもそもマジェスカは、剣と魔法のファンタジーRPGというよくある形態のゲームだけれど、キャラクターデザインの素晴らしさとストーリーの作りこみが話題を呼び、ユーザー数はうなぎ登り、今年で七周年を迎えるくらいの人気があるゲームだ。反面、キャラクターを手に入れるためのガチャはやや渋い。目当てのキャラを手に入れるために、うん万円というお金を溶かしてしまう人が多数出ているとか……。
何を隠そう、僕もそのご多分に漏れない。
なにせ僕は!
レナを引くために!
ガチャに五万円をつぎこんだ!
それなのに、それなのにこの仕打ちはなんだ!
「あんまりだああああああああああああああああああああああああああ!」
「ちょ、うるさっ! あのさあ、後ろでめそめそ泣いたり、奇声あげたりしないでくれる!?こんな朝っぱらから弟を送迎させられるアタシの身にもなってよ」
僕が慟哭のあまり頭をがしがしかきむしっていると、運転席から不満の声が飛んでくる。
「だって! 急に僕の愛しの人が不細工になってたんだ! こんなの嘆くしかないよ!」
「知らないよそんなの。高校二年にもなったんだから、いい加減にゲームは卒業しろってことなんでしょ」
「そんなあ!」
バックミラー越しに運転席の女性――僕の大学生の姉の表情を見ると、露骨に呆れた表情をしている。ハンドルを握る右手の指先が、とんとん、と苛立たし気に音を立てる。
「分かったら、静かにしててよ。事故ったらどうすんの」
「う……ごめん」
早朝の道路は通勤車両で混みあっている。ハンドル操作を誤れば、大事故に繋がりかねない。そんな中を、姉はわざわざ高校まで僕を送り届けようとしてくれている。
「でも、面倒だったんなら僕一人で登校したってよかったのに」
「アンタさ、お母さんから言われたこと聞いてなかったの? 学校からしばらくの間は保護者の方が送迎してくださいってお願いがあったけど、今日は仕事で送れないからって、アタシにお鉢が回ってきたの!」
「そうだったっけ、えっと、ごめん」
気慣れない制服の裾を伸ばしたりして、バツの悪さに居心地を正していると、バックミラー越しに姉が僕に視線を送った。
「それとアンタ、さっきから頭がしがしやってるけどいいの」
「え?」
スマホを取り出して確認した僕の髪は、せっかく早起きしてセットした甲斐も空しく、ぐしゃぐしゃになっていた。
「うわ! なんで教えてくれなかったのさ!」
「指摘する間もなく自分でぐしゃぐしゃにしたんでしょうが」
「ど、どうしよう……」
今日は僕の転校初日だから、第一印象を損なわないように頑張ったというのに、スマホのインカメラに映る僕は、前の学校にいた時のまま、情けない不細工面を晒していた。
「アンタ、焦りすぎ」
「だって、前の学校の時みたいに不細工だからっていじめられたら……」
恥ずかしながら、僕は前の学校でいじめを受けていた。それが転校の直接の契機でもある。
――視界に入るなよ、不細工。気分悪くなるわ。
――お前ほんときしょいよな(笑)。よくその顔で平然と俺らに話しかけられるね(笑)。
――このクラスで一番キモい人? 一択でしょ!
前の学校でかけられた心無い言葉は、思い出すだに心が痛む。
そりゃまあ、僕は不細工だ。垂れ下がった眼に覇気はないし、ぼさぼさの髪は清潔感がない。腫れぼったい唇はそのままおにぎりに詰められるほどにたらこじみている。つまり、上中下で言えば下の下と言える。僕とキスするくらいならミミズとキスしたほうがマシだとか、指先が僕の机に触れただけで、指紋が僕の顔の模様に代わってしまう呪いがあるとか、小学生のころから散々な言われようをしてきた。
そんな僕にも、去年までは奇跡的に友人がいた。陰キャチー牛顔面仲間兼オタク仲間として、クラスで細々とやっていくだけのコミュニティを築けていたし、そのおかげで僕は入学してからの一年間を凌ぐことができたと言える。
しかしながら、だ。
進級に伴うクラス替えで彼らと離れて少し経った頃。
――俺もアイツの顔見るのマジしんどかったんだって! すり寄って来たからしょうがなく相手してたけどさあ!
マジェスカの大型アップデートについて話をしようと、昼休みに彼らのクラスに赴くと、楽しそうに僕の悪口を言っていた。その笑顔を見た時には、さすがに心が折れた。小さいころから容姿を罵倒され続け、多少はメンタルに自信があった僕でも、キツイものがあるのだと思い知らされた。
人間は見た目が大事。
じゃあ、僕みたいな不細工はどう生きていけばいいんだ?
いっそ、学校なんて行かずになにか手に職をつけて生きていく道を探したほうがいいのではないかと、本気でそう思った。それも、誰とも話をせず、関わりを持たない形で。
それでもあえて、僕が転校という手段を選んだのは、僕みたいないじめられっ子でも、人並みの青春を送ってみたい。そういった分不相応な望みがあるからだ。
二の轍は踏まない。その決意で、僕は転校初日という今日に合わせて髪のセットの仕方を学んで、少しでも野暮ったい印象を変えられるように準備したのに!
「ど、どどどどうだったっけ? こうか? いや、分け目はこっちだったような気が……」
「はい到着ー」
後部座席であたふたする僕を尻目に、車は学校の正門前で停車した。窓の外を見れば、物珍しそうにこちらを見る生徒がいっぱいいる。
「おら、降りた降りた」
「ちょっと待ってよ! 髪整えてから……というか、もっと人目につかないところに停めてよ! 高校生にもなって送迎してもらってるなんて恥ずかしいし!」
「うるさいなあ。アタシはこれからデートなの! ほら、とっとと降りろ!」
追い出されるような形で車外に放り出された僕は、地面にへたり込んで無情にも走りゆく車を見送るしかなかった。ちくしょう、僕と似てお世辞にも綺麗とは言えない姉に、いつの間にか春が来ていたとは。
心中で呪詛を唱えながら立ち上がって、校舎を仰ぎ見る。
県立柏丘高校は、創立二十年も経っていない新しめの学校だ。外壁の白にくすんだところはなく、綺麗そう。公立の学校だけれど、空調は普通教室にも完備されているそうなので、快適に過ごせそうなのは嬉しい。
とか何とか考えている間にも、登校時刻を迎えている高校の正門前に突っ立っているせいで、僕はえらい注目を集めていた。それも珍しいものを見るような目で。
「ねえ、あれってさ――」
「え、マジ!? ヤバくない? 冗談でしょ!」
「すご……」
女子の甲高い声が耳に届く。声のする方を盗み見ると、やはり、僕の方を指さしていた。こそこそと口元を隠して何事かを話しては、笑いあっている。
(はいはい、すぐにいなくなるからあまり騒がないでね……)
できるだけ皆様に僕のお見苦しい顔をお見せしないように下を向いて歩く。こんなことは、慣れっこだった。化け物だなんだと表立って言われないだけまだマシだとすら思う。とはいえ、傷つかないかと言われたら、決してそんなことはないけど。
「はあ……」
僕の大好きなゲームキャラはナーフされるし、転校先の女子にはさっそく馬鹿にされる。
今朝は踏んだり蹴ったりだ。
やっぱり、僕は遁世すべきなんだろうか。
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