クリスマスにチーズケーキを
歩
君のために
『チーズケーキ!』
君は電話口ですぐに言った。
跳ねるような声。
春の日差しに呼び覚まされた白いウサギみたいに。
『あたし、チーズケーキが好き。一番好き。昔からね』
さりげなく「ケーキは何が好き?」と訊いたら、君はすぐさま答えた、10月の終わり。
君の誕生日にはもちろん、チーズケーキを携えて。
秋の夕日が沈む、君の部屋で二人きりのバースデー。
でもちょっぴり、君は浮かない顔。
「私ね、チーズケーキ、シンプルなのがいいの。スフレが好き、大好き。シンプルにそのお店の良さが出るよね」
チーズタルトを土台にして、その上に白いフワフワのまるで雪のようなホイップクリーム。
豊富な秋の果物ふんだんに、甘いシロップに漬けて贅沢に盛り合わせ。
ハッピーバースデーのチョコプレートは誇らしげ気に真ん中に。
選び抜いた一品だったんだけどな。
「私が好きなスフレチーズケーキ、今度食べさせてあげるね」
君は最上の笑顔で。
ホールケーキは結局、ワンカットずつ食べただけ。
君の部屋の冷蔵庫へ。
チーズケーキの甘い香りはもう、部屋から消えた。
あれはどうなったんだろう?
そんなことを考えながら、翌日から僕はチーズケーキ作り。
ふと考えたんだ。
最高のケーキを手作りして、君を驚かせるのもいいんじゃないか? って。
クリスマスプレゼント。
サプライズ。
きっと君はあの笑顔で僕を迎え、僕のケーキをお腹いっぱい、ほおばってくれるはず。
そして、「大好き!」って……。
今からなら間に合う。
ニヤニヤが止まらない。
なのに、チーズケーキは難しい!
簡単レシピは様々あれど、そうじゃない。
本格的に焼いて、しっかりふっくら膨らませて。
ふわふわの、なのに濃厚の甘いチーズが舌の上でとろける。
のどを通りすぎる時には幸せいっぱい!
そんなケーキがいい。
君が教えてくれたお店、行ってみたよ。
行列に並んで。
やっとの思いでワンカットだけ買えた。
それを参考にして……。
僕はケーキ職人じゃない。
お菓子も焼いたことない。
料理だって出来ない。
悪戦苦闘。
毎日「なんで、膨らまない!」「なんで焦げる!」「こんな味じゃない……」って。
チーズなんて、生クリームなんて、もういいと思っても。
ケーキの甘い香りももうたくさん。それだけでお腹いっぱい。
ホイップするのに腕が疲れて疲れて、腕がパンパンになって。
それを笑われたけど、ツレのアドバイスでやっと気づいてハンドミキサー購入。
材料費も、道具代も、けっこうかかった。
買ったほうが安い。
定番的に言われることだけど、今こそその意味わかった。
その先にでも、君の笑顔があるなら……。
飛び切りのスフレチーズケーキ。
やっと焼けた!
クリスマス。
なのに、僕は一人きり。
一人でもう見たくもないスフレチーズケーキと向かい合う。
ケーキにもあう、今朝届いたばかりの、リボンを付けたワインを飲みながら。
君はだれと、どんなケーキを食べているのかな。
想いが募る、苦いケーキ。
僕はもう、チーズケーキを焼くことはない。
きっともう、どんなチーズケーキも食べることはしない。
苦い思い出しかよみがえらないなら。
クリスマスにチーズケーキを 歩 @t-Arigatou
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