第7話 魔法の目覚め

 今日もどんよりとした天気である。

 この世界に戻って来てから2度、『祈り』をしたけれど、現状は悪くなる事は無かったけれど、良くもならなかった。


 今朝は、暖かな動きやすいクリーム色のシンプルなワンピースの服装を用意してもらった。それに着替えて外に出ると、約束通りに、レオナルドは二日後の朝に迎えに来てくれた。


 乗っていく馬車の横に立っているレオナルドも同じく簡易な服装だけれど、よく見ると左側の腰には剣を下げているが見えた。初めて見たわ。

 私が、腰辺りをじっと見つめていると、レオナルドと目が合った。


「おはよう。クロエ嬢」

「おはようございます。レオナルド様。……剣術をなさっていたのですか?」

「ああ、これか。嗜み程度だ。クロエ嬢は知らなかったのか? 途中、何があるか分からないから、護身用に持っていく」


 防寒対策にコートにロングブーツを用意し、馬車に乗り込み、北のイベルナル領へと向かう。

 プランタニエ領の隣に位置するのがイベルナル領。


 本来ならば、プランタニエ領は温暖な気候で、色鮮やかな草花が生えているのだけれど、イベルナル領へ向かう道中は、今は陰湿な土地に木枯らしが吹いていた。一変した風景に心が痛む。時折、冷たい春時雨が馬車の屋根を打っていた。


 半日近く馬車に乗りイベルナル領の入口近くまで来ると、陰刻な冬の冷たい風と雪が険しい山の谷を吹き抜ける。その音は、何かの悲鳴にも聞こえ、一気に私の体温を下げた。

 ここまで来ると、道は雪に埋もれ馬車では前に進めない。


「馬車で行けるのはここまでのようね。仕方がないけど後は歩いて行くしかないわね」

「クロエ嬢、大丈夫か? 寒くないか?」

 

 レオナルドが心配そうに顔を覗き込む。持ってきた厚めのコートを羽織らせてくれた。ちょっと重たいけれど、温かい。


 そういえば、レオナルドと二人だけで一緒にいるのは、初めての事かもしれない。今までは、幼馴染のリアム様やエマ様やリュカが一緒だったから、何か変な感がする。


 レオナルドは先に馬車に降り、外の様子を確認し手を貸してくれた。馬車から降りると、一段と体が冷える。

 さすがに寒いわね、と両手をさすり合わせていると、レオナルドはカバンの中から暖かそうな手袋を出して、私の手にはめてくれた。


「あ、ありがとうございます」

「本当に寒いから気を付けてくれ」


 レオナルドは優しく微笑む。

 あまり見ないレオナルドの表情に、なぜかこの寒さの中、自分の顔が熱くなるのが分かり、目を逸らしてしまった。


 とても暖かい手袋だった。パープル色で手首の辺りには小さなグレーのリボンがついている。内側は肌触りの良い起毛素材で指先まで暖かい。

 こんな温かい手袋が、夏の領地エスティバル領にあるのが不思議で首を傾げた。


「どうかしたか?」

「いえ、この手袋はどうされたのですか?」


 ああ、と手袋を見て私が不思議に思っていることが分かったようだった。


「まず、俺の領地には無いよな。その手袋はリアムの姉、アリーチェ様から頂いた品だ。ここへクロエ嬢と向かうと伝えたら、クロエ嬢に使ってほしいと預かってきた。本当は俺がプレゼントしたかったのだが、残念ながら俺の領地では売っていない」


 レオナルドはなぜか、そのまま手を握ったまま歩き始める。

 そのためか、まだ顔の熱が引かない。


「レ、レオナルド様。手を握ったままでは、歩きづらいです」


 少し動揺してしまっている所為か、レオナルドがニコリと微笑する。


「新鮮だな。ここ数年、あまり表情を変えないクロエ嬢が、顔を赤らめるなんて」


 私は、恥ずかしくて慌てて手を引こうとしたが、ぎゅっと握られる。一段と顔の熱が上がるような気がした。いえ、確かに上がったわ。


「手を握ったままでは少々歩きづらいが、雪で足を取られて転ぶと危ない。このまま歩くぞ」


 降り続く雪は、いつの間にか膝下あたりまである。これほどまでの雪に慣れていない私は、簡単に転びそうになり、仕方なくそのまま手を繋いだまま歩いた。


 以前は少々の風雪はあったけれど、馬車も通れて、積雪はこれほどひどくなかった。時折、姿は誰も見たことない幻と言われる、迦陵頻伽の美しい声も聞こえていた。幼いころはその声が聞こえると、必死に上空を見ては探した。見つからなかったけれど。


 今はその声さえも聞こえない、ただ強風が吹き抜ける音だけが聞こえてくる。顔に冷たい雪が吹き付けるて、徐々に顔の熱が冷めた。

 足元に気を付けながらリアムの住む屋敷を目指すが、思っていた以上に険しい道のりだった。雪が一段と強く降り始め、段々と視界も悪くなってくる。


 凍てつくような寒さで体力の消耗が激しい。気をしっかり持っていないと、足が雪に取られて転んでしまいそうになる。このまま、無事にリアムの所まで辿り着けるか不安になってきた。


「もう少しで、日が沈むな。確かこの先に洞窟がある。そこで休むか」


 少し歩くと、洞窟が見えてきた。

 中に入り少し奥に進むと、結構広い空洞があり、ちょうど腰掛けられる石もある。以前も誰かここに立ち寄って、休んでいたような形跡があった。レオナルドは更に真っ暗な奥へ入って行こうとする。


「レオナルド様? 奥に何かあるのですか?」

「ああ。昔、リアム殿の屋敷に遊びに行く途中に小枝を拾っては、この洞窟の奥に貯めていたことがあった……まだあるだろうか? 暗くて見えないな」


 レオナルドの「暗くて見えない」という言葉にある事を思い出し、自分の左手の人差し指を立てて魔力を集めてみる。


 上手く出来るかしら。

 すると、指先の上で魔力が集まり小さな玉になり、それがピンポン玉ぐらいの大きさの光玉に変わり、ほわっと少し明るくなった。


「あっ! 上手くできたわ」


 足元が明るくなる程度だったけれど、何も見えないよりは良いかもしれない。

 もうちょっと明るくならないかしら、そう思っているとレオナルドが目を丸くしてぽかんとこちらを見ている。


「な、なんだ、それは? どうなっているんだ? 熱くないのか? 触っても大丈夫なのか?」


 一度に質問が飛んできて、レオナルドは初めて見るものに興味深々だ。私も初めて見た。蛍の光を白く大きくしたような、とても綺麗。


「魔力を使ってしてみました。出来るかどうか、分らなかったんですが」

「へ、へぇー、そんな事が出来るのか。どうやってするんだ?」


 レオナルドは私の指先に浮かんだ光玉をじっと見つめた。手を伸ばして触ろうとしては、触らず引っ込めたりしている。不思議で仕方がないらしい。


「少量の魔力を、指先に集中して集めてどうしたいのか頭の中でイメージしてみました」

「『イメージしてみました』って、初めてしてみたような言い方だな」

「はい。こんな風に魔力を使ったのは、初めてです」

「そんなやり方、どこで覚えた?」

「……ふふふ。夢の中で見たんです」

「夢の中? 変な夢だな。もしかしたら、何かのお告げみたいなものじゃないのか?」


 まさか、あっちの世界で覚えたとは言えない。

 これは少女がゲームで遊んでいた時に、ゲームの主人公が、「ライト」と唱えてしていた魔法とやら。ゲームというものはこっちには無い変わった物だった。ゲームの主人公がしていたようにそれをイメージしてみたのだけれど、まさかすんなり出来るとは思わなかった。


 そういえば、ゲームの中では、魔法には「属性」って言うのがあったわよね。

 『火』『水』『風』『土』にあと『光』ってのもあった。

 レオナルドは、じっと自分の手を見つめている。


「こうするのか?」


 指先にに魔力を集め、イメージしてみたのだろう。でも、ボッ、と着いたのは『光』ではなく『火』だった。


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