第5話 それぞれの家族

 侍女のメアリは、お茶を用意してから部屋を出て行き、リュカも苦虫を噛み潰したような渋面で一緒に出て行ったのだけれど、リュカはどうしてあんなにも彼のことを毛嫌いするのだろうか?


 両親が生きていた頃は、自然豊かな各領地に出かけて、みんなでよく遊んだ。その頃はまだリュカはレオナルドに懐いていたと思うけれど、いつからなのだろう、あんな態度になったのは――。


 とりあえず、私とレオナルドは二人だけになった部屋で、向い合わせでソファに腰掛けた。


「レオナルド様、先にお茶をどうぞ。馬を飛ばして急いで来られたのでしょう」


 話をする前に、一息ついてもらおう。エスティバル領からここまで来るのに1日はかかる。私が戻って来てから半日ぐらいしか時間が経っていないので、私の魔力を感じてからなら、かなりの速さで馬を飛ばして来たんだろうと思う。


 「すまない」とレオナルドは呟き、カップを持って一口二口飲んでソーサーに戻し、一度軽く深呼吸をした。


「先程と同じことを聞くが、ここ一年ほど、クロエ嬢の魔力を感じなかったが、なぜだ?」


 さあ、どうしたら良いのかしら。

 多分、リュカのレオナルドに対する態度を見ると、私の魂だけ転移したことは隠していたいようだし、文献で調べたといっても、そもそも私はその文献を見ていない。


 未だにあっちの世界に転移して、どうして魔力が回復したのかも私は分からないのに、話せるわけが無い。リュカの許可なしに話さない方がいいのが無難なんだろうけれど、どう話を逸らそうかしら?


「私は……長い間、魔力が回復をしなかったから、使わなかっただけです」


 回復しなかったのは本当だし、嘘は言っていないけれど、最初からこんな言い訳が通用するとも思っていない。


「なぜ、魔力が回復しなかったのだ?」

「……それは、分かりません」


 なぜ回復しなかったのか、回復した後も分かっていない。リュカには回復すると分かっていて、魂だけを転移したのだろうか? 私の体に一体何が起こったのかしら?

 リュカは何か知っているようだったけれど、詳しい事は聞かなかった。とにかく私は魔力が回復すれば、それだけで良かったから。


「本当に分からないのか? それに、ずっとリュカ殿の魔力しか感じなかったが」


 緊張のあまり、喉が渇く。自分も一口お茶を飲んで喉を潤し、何もなかったように話を進めた。

 本当に何も分からない。でもリュカに全て任せる事だけは避けたかった。この一年間、精霊と契約した私が不在の中、『祈り』の役目を代わりにしていたくれた。これが、どれだけ体に負担が掛かっていただろう。


「そうね。私の代わりにずっとリュカが祈りをしてくれていたから」


 レオナルドは、先程の熱を帯びたような瞳とは打って変わって心を見透かすように、じっと見つめてくる。うまく誤魔化せるかしら?


「リュカ殿は、クロエ嬢ほど魔力を持っていないのに?」

「そんなことはありません。リュカもかなりの魔力量があります。それにプランタニエ領では、私の代わりが務まるのは、リュカぐらいしか今はいませんから。レオナルド様はリュカの魔力では不足だというのですか?」


 もう一口とお茶を飲んだのだけれど、緊張の余りすぐに喉が渇く。


「普段の……何にも問題の無い場合なら、リュカ殿でも大丈夫だ。しかし、今は異常だ。俺が領地を離れる時だって、姉妹三人がかりで祈りをしていてくれる。今もだ」

「え? 姉妹三人って。確か末っ子のサーラ様は、まだ幼子だったではありませんか!」

「5歳になった。それでもだ。精霊と契約しているのは俺だから、俺以外だと祈りに使う魔力が足りない。手伝ってもらうしかない」

「あの幼い、愛らしいサーラ様まで手伝わされるなんて……レオナルド様は一体何をなさっているのですか?」


 私自身が幼い時から精霊と契約して祈りをして来た経験がある。とても、毎日が過酷だった。それがあの幼いサーラ様が、と思うと胸が痛む。


「いや、だからお前の魔力が感じなくなって、ここへすぐにでも来たかったのだが、姉のソフィアに止められて……いや、今はそんな事どうでもいい。この1年近くクロエ嬢は何をしていたんだ」


 レオナルドご自慢の妹君の話に逸らしてみたけれど、また話がまた戻ってしまったわ。


 私はサーラ様の魔力を感じ取ってみたけれど、驚いた――とても5歳の女の子がする魔力量ではないわ。ソフィア様より、いえマルティーナ様よりすでに魔力量が多いのでは?


「サーラ様の祈りの姿も、きっと愛らしいのでしょうね。今も感じます。サーラ様の魔力量はすごいです。5歳の子とは思えないほどです。とてもお上手に祈りが出来てるようですね」


 もう一度、サーラ様の話に戻してみましょう。


「ああ、この一年間ずっと、俺と祈りを一緒にしてきたからな。とても愛らしいぞ」


 私も、両親を早くに亡くして6歳から祈りを始めた。それなりの魔力があったが、当時、日が沈むころには一人で歩くことが出来なくなるほど、体の負担が大きかった。


「レオナルド様、ご両親様はどうされているのですか?」


 レオナルドの両親は健在だったはず。

 お父様の方が魔力があり、お母様の方は魔力なしの領民だった。お父様よりレオナルドの方が魔力量を上回ったため、祈りの役目が入れ替わり、精霊と契約した。


 実際、ある程度の年齢になると、魔力量が減ることもあると聞いたことがある。

 減るからと言って回復しないわけではなく、年を取ると、段々と回復する量が減るらしい。


「父は、イベルナル領の民を王都に避難させ、母は姉妹達のサポートをしている。魔力なしだが出来ることを精一杯している。頭が下がる思いだ」

「では、私たちも出来る限りの事をしていかないといけないですわね」


 両手を胸に当てる。

 ぼんやりと温かさがあるように思える。以前には無かった感覚で、あちらの世界の少女の中に居たときにも感じた。この温かい感覚が今の私の魔力の原動力になっているような気がする。


「クロエ嬢。なぜ、魔力を感じなかったのだ。魔力が回復しなかったっと言っていたが、まだそんな年齢でもないし……リュカ殿は何か知っているようだが……」


 また、話を戻してきたわ。

 お茶を一口飲み、何をどう話したらいいのかと黙っていると、諦めたのか、イベルナル領のリアムの話になった。


「冬の……リアムの件は、聞いたか?」


 レオナルドが困った表情で、尋ねてきた。


「はい。リュカから聞きました。リアム様の心が壊れた……と。どういうことでしょう? その所為で魔力が暴走をしていると。やはり、この異常なほどの気候はそれが原因なのでしょうか?」

「ああ、多分……先日、領民を避難させる時に、父がリアムに会いに行ってきたが……話せる状態ではなかったらしい。ご両親や姉君、妹君は必死に祈り、何とかしようとしていたようだが……あまりにも命の危険があると思い、父が俺のところに避難させている」


 レオナルドは口を噛みしめている。

 リアムのご家族の祈りを中断させてしまったことを悔やんでいるようにも見えた。レオナルドのお父様の話では、イベルナル領は雪風巻で、とても民が生活出来る状態ではなかったらしい。


「レオナルド様。そのような状態では、致し方ないではありません。レオナルドのお父様の判断は間違っていなと思います。……一度、リアム様のご両親にお会いして、リアム様がどうして心が壊れたのか、お話をお聞きすることは出来るでしょうか?」

「あぁ、かなり憔悴しているようだが、話ぐらいなら出来ると思う、が……」

「どうされたのですか?」


 レオナルドは、何か思案するように両手で頭を抱えた。

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