神様に恋したエルフは終末世界を旅していく~世界が終わる前にやるべき恋がある~
響城藍
【1話】最後の一人
「しあわせに……ね……」
そう言って目の前の人間は死んだ。
今この世界には俺しかいなくなった。
エルフの俺が最後の人類として存在している。
エルフの寿命は2000年ほどだ。
俺は現在1990歳。
もうすぐ俺も死ぬ。
そして世界も、もうすぐ崩壊するだろう。
人類がいなくなった町は廃墟となっていき、野生の動物がうろつく世界となった。その動物も減少している。
生き物がいなくなって行くことで世界は静かになっていた。
「あと10年……どうやって過ごそうか」
エルフにとっての10年はあっという間だ。
気が付いたら俺と世界は終わっているだろう。
最後にしたいことは何なのか、俺は地面を見つめながら考える。
「もう……したいことなんてない」
世界が破滅へと向かい始めたのは1800年ほど前だ。
その時から俺は本当にやりたいことを見つけられない。
エルフは1000年ほど前に俺を残していなくなってしまった。
ひとり、またひとり、と人間もいなくなって行った。
最後のひとりというのを人間には味わせたくなくて、俺は人間のために生きた。
人間だけは失わせないと頑張った。
人間たちが繁栄していくように手助けをしながら世界を回った。
仲介だってしたし、子育てを手伝ったりもした。兄弟喧嘩を仲直りだってさせたし、困った人間を見つけて声を掛けた。
すべての人間が好意的であったわけじゃなかったけど、でも俺は人間たちが手を取り合って生きてくれることが幸せだと思った。
たくさんの人間の死を見届けた。たくさんの感情を一緒に感じた。たくさん泣いた。たくさん笑った。たくさん怒った。そうやって人間たちと一緒に生きて来た。
だけど、人間は絶滅してしまった。
人生をかけてやってきたことさえも失った今、俺にやりたいことなんてあるわけがない。
「壊れる世界でも見るか……」
絞りだして出てきたやりたいことは世界を散歩することだった。
俯いたまま俺は歩き出す。
廃墟でできた世界は彩りがない。
草木も枯れている面積の方が多いし、果実や食べられるものを探すのも一苦労だろう。
生き残った動物が廃墟を漁っていたけど、通行人の俺を気にしている余裕などないらしい。
俺もそんな動物には興味ないし。
「……世界を見る必要ってなんだ?」
廃墟から離れて更地を歩いていた俺は立ち止まる。
もう終わるのなら見ていても仕方ないのではないだろうか。
代り映えしない世界。
白黒の世界。
廃墟と化した町。
そんなものに何の価値を見出せるのか、俺には分からない。
――ドスンッ
地面を見つめていた俺の目の前に隕石が落ちて来た。
いや、これは隕石ではない。
人間……なのだろうか。
少なくとも人の形をしている。
「……大丈夫か?」
隕石のように落ちて来た少女は身体を起こして地面に座り、身体に付いた土を落とす。
甘そうなくらい明るい色の髪は腰の少し上でサラサラと揺れる。
膝丈の白いワンピースの上に白いケープを羽織っていて、細い脚には白いハイソックスに厚底ローファーを履いている。
俺とは真逆の、汚れが目立ちそうな色を纏う少女は、俺を見上げて首を傾げた。
「エルフ……?」
「え、そうだけど……あんたは?」
「わたし? わたしは……」
少女は立ち上がりながらスカートに付いた土埃を払う。
生地が良質なのか、目立った汚れは付いていない。
頭ひとつ分の身長差は俺の背の高さもあるが、少女が儚い存在に思えてしまう。
「わたしはこの世界の神」
「…………は?」
真顔で冗談を言う人間は初めてだ。
そもそも人間なのかさえも怪しい。
エルフと人間を見分ける簡単な方法は耳の長さだが、少女の耳は短い。どう見ても人間なのに、どこか不思議な空気を纏う少女は何者なのか。
「あ……わたしの名前はシェリー」
「いや、名前を聞いたわけじゃ……」
「あなたは?」
俺が唖然としているから質問の意味を間違えたと勘違いしたのだろう。
少女は不思議そうに俺を見上げて名前を聞いてくる。
答える義理はない。どうせ俺と世界はもうすぐ無くなるんだ。
「……レオン」
いつまで経っても見つめてくるので、観念して名乗る。
先ほどから少女の表情は変わらない。表情筋が無いのかって言うくらいに真顔だ。
「かわいいね」
真顔のままそう言われた。
俺は驚いて思わず顔を背けてしまった。
(かわいい? 誰が? 俺が? カワイイ? 河飯?)
俺はお世辞でもかわいいとは言われない男だ。
かわいいと言われるとしたらショートの銀髪しか思いつかない。いや耳にしてるピアスだろうか。
汚れたくないから紺のパンツに黒い膝丈ブーツだし、トップスもこげ茶と言えばいいのか、手袋だって黒だ。
顔立ちは平凡だと思う。少なくともかわいいと言われるような顔はしていない。
「名前……かわいい」
「あ、あっそ!!」
俺の反応が思っていたのと違ったのか、少女は補足してくる。
名前だってかわいいと思わないし、初めて言われたかわいいという言葉に、どう反応すればいいのか分からなくて思わず反抗的な態度になってしまった。思春期の子供か俺は。
「レオンはなにをしていたの?」
「……なにをしていたんだろうな」
「わからないの?」
「分からないな。俺のことも、世界のことも……あんたのことも」
動揺が収まってきて、俺は少女を真剣に見つめる。
相変わらず真顔で俺を見つめ返してくる。
顔の半分くらいを占める甘そうな瞳から目を逸らさない。
「あんたは……何者なんだ?」
俺は少し揺れてしまう。瞳も身体も。
目の前の少女の正体が怖いというのもある。
最後のひとりじゃなくなったかもしれないことにも震えている。
怖いのか、嬉しいのか、不安なのかは分からない。
心より先に身体が反応しているみたいな不思議な感覚を抱きながら、少女の返事を待つ。
「わたしは……」
少女は軽く地面を蹴った。
そのまま歩くのと同じように、自然と浮かんで俺と目線の高さを合わせる。
頭ひとつ分の身長差は、こんなにも簡単に埋まってしまう。
少女の手が伸びてきて、俺は反射で肩を揺らしてしまう。
頬を包まれて、顔を上げるように持ち上げられた。
少女は俺より少し高く飛んで俺を見下ろした。
太陽のようにも月のようにも思えるよく分からない光が、少女の背後から照らしてくる。
まるでスポットライトでも操っているようにも思えた。
何をされるのだろう。
何を聞かされるのだろう。
それを受け入れたとして、俺は正常でいられるのだろうか。
もうすでに心臓がドクドクとうるさいのに、トドメを刺されるような気がしてならない。
砂糖菓子のように大きな瞳と、汚れが目立ちそうな色の服装は甘ったるくて吐き出したくなる。
たった数十秒の時間は、食パンが焼けるより長く感じた。
小さく口を開いた少女を見る瞳が揺れてしまう。
視線を逸らしたらトドメを刺されてしまうと直感が告げる。だから必死にブレない大きな瞳を見る。
「わたしは、この世界の神」
真顔のまま零れた言葉は、砂糖菓子のように甘すぎて、口に含むことを躊躇ってしまった。
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