主人公を庇って死亡する親友ポジに転生したのでゲーム知識をフル動員して幸せな大往生を目指します

徳川レモン

第一章 王都支部壊滅編

一話 転生、しかし窮地

 

 記憶が戻ったのは突然であった。

 前触れもなく唐突に、自身ではない自身の記憶を思い出したのだ。


 日本生まれの日本育ち。男性。歳は二十代だったような気がする。仕事をしていて独身。どこにでもいる普通の男だった。


 最後の記憶は手に取るようにはっきりと思い出せた。

 集まる野次馬にアスファルトに広がる大量の血液。俺は動くこともできず全身を焼くような痛みに襲われていたんだ。電柱に激突したトラックと近くでは女子高生がひどく狼狽えていた。


 そうだ、この日は仕事帰りだった。


 たまたまトラックにひかれそうな女子高生を見つけて、咄嗟に道路に飛び出したんだっけ。彼女を助けることはできたけど、代わりに俺がひかれてしまったんだ。


 常識的に考えて死んだよな俺? 

 それとも奇跡的に助かって今は病院にいるのだろうか。


 やってしまった後だけど後悔がないと言えば嘘になる。

 我ながらお人好しだった。俺の人生はいつもこうだ。誰かを助けることで何かと不幸を被る。あの時だってそうだ。碌な人生ではなかった。だから意識が途切れる間際に思ったんだ。


 善人は辞めよう。二度と誰かの身代わりになんてならないって。


「っつ」


 むくりと起き上がると後頭部に痛みを感じた。

 右手で触ると少しだが血が付いていた。


 目の前には小汚い格好をした小学五、六年生くらいの男児が俺を見下ろしている。


「思い知ったか。年下のくせに生意気なんだよ」

「・・・・・・?」

「しってんだぜ。お前父親に相手にされてねぇんだろ。魔法使いのくせに魔力が少ないもんな。才能ないんだって?」


 真ん中のむかつく顔をした体格の良いガキ大将が、二人の取り巻きと一緒に笑う。


 誰だっけコイツ?

 ああ待った。思い出せそうだ。


 そうだそうだ。近くの町で暮らすピッケだ。

 で、両隣がヌグイとパタ。

 顔を合わせれば何かと絡んでくる面倒な奴ら、だったはず。


 町に向かう途中でたまたま遭遇してしまい、案の定言いがかりを付けられ殴られたんだ。後頭部が痛いのは倒れた際に石でぶつけてしまったからだろう。


 なんだこの記憶。頭の中で俺と別の俺が存在していて落ち着かない。


 ひとまずゆっくり情報を整理したい。

 それにはこいつらが邪魔だ。どうにか追い払わないと。


「あー、今日のところはお引き取り願えるかな。俺みたいなのを殴っても面白くないだろ」

「なんだとてめぇ! 平民だからって馬鹿にしてんのか!」

「――ロックウォール!」


 それは反射的な防御行為であった。

 俺の呼びかけに応えたかのように地面から高さ三メートルほどの岩の壁が出現したのだ。


「こ、こいつ魔法を・・・・・・」


 壁の向こう側ではピッケが尻餅をついて壁を見上げていた。

 他の二人も動揺しているらしく顔が青ざめている。


 これは俺がやったのか?

 魔法? そうだ、これは魔法だ。

 土属性の防御魔法。


「なぁ、逃げようぜ。忘れてたけどこいつあのスターフィールド家の三男だぜ」

「父ちゃんが言ってた。魔法使いは化け物だって」


 化け物ね。

 びびってくれているなら好都合だ。


 岩の壁がさらさらと砂状になって崩れ去る。

 俺は口角を鋭く上げて右手を突き出した。


「次は攻撃魔法だ。岩で押しつぶしてやろうか」

「ひぃ、ひぃいいいいい!?」


 三人は悲鳴を上げながら逃げ出した。

 背中を見送った後、俺は右手を下ろした。


「ま、使えるかどうかまだわかんないんだけどね」


 ぼやきながら右手で握って開くを繰り返す。


 ずいぶん小さい手だ。世界も大きく見える。

 身体も小さくなったようだ。まるで子供の身体だな。


 地面に水たまりがあったのでのぞき込んだ。


 水面に映るのはひどく幼い顔だ。

 黒髪に以前の俺とは違う容姿。歳は恐らく五歳程度だ。


 俺は、死んだのか?

 うん。あれで助かるのは無理があるからたぶん死んだ。死んで転生したんだ。

 で、転んだ拍子に頭をぶつけて記憶が戻ったってところだろう。他に説明がつかないからそう考えるのが今は妥当かな。


 前世の俺と今世の俺の意識はゆっくりとだが確実に混ざり合い、前世の俺へと取り込まれているようであった。


 ほどなくして記憶と意識の統合は終わりを迎えた。


「俺の名前はウィル・スターフィールド。レティシア王国の侯爵家の三男だ。変な感覚だけどこれが今世の俺なのか」


 まさか俺が異世界に転生するなんて。ラノベの中だけの話だと思ってたよ。しかも魔法が存在する世界なんて、好奇心と冒険心がひどくうずく。だって男の子なんだもん。


 それにしてもなーんか自分の顔に見覚えがあるんだよな。

 名前もどっかで聞き覚えがあってさ。レティシア王国って名称もそうだ。

 どこだっけ。前世で耳にしたような気がするんだけど。


 ラノベ、じゃないな。漫画でもない。ゲーム?


 ぴしゃああああ、と俺の脳裏で雷鳴が轟いた。

 思い出したのだ。はっきりと。

 同時にとんでもない事実に気がついて全身に寒気が走った。


 俺はごく最近までとあるコンシューマー機のゲームにどっぷりはまっていた。

 そのゲームは神ゲーと呼ばれ、数年を経てもなお大型DLCなどが追加され根強い人気を誇っているRPGである。


 ゲームの名は【スターブレイブファンタジー】。


 平民出身の才能豊かな主人公が、仲間と共に強大な敵へ立ち向かう物語である。

 心を打つ名シーンは数え切れないほどあるが中でもとりわけ涙なくして語れない名シーンが存在する

 最序盤から一緒だった親友が主人公を庇って深手を負うのだ。彼を死なせたくない一心で主人公は親友を背負って帰還を果たすも親友は眠るように死んでいた、ってエピソードだ。


 親友の名はウィル・スターフィールド、つまり今の俺だ。


「そ、そんな。嘘だろ。主人公の親友ポジに生まれ変わったっていうのか? 庇って死亡する途中退場キャラに? 十五歳で死ぬのか?」


 全身から血の気が引くのがわかった。


 ウィル・スターフィールドの人生は十五年余りで終わる。

 逃れられない死が待っているのだ。スターブレイブファンタジーはほぼ一本道のゲーム。生存ルートは存在しない。そもそもウィルの死は分岐点的な主人公の覚醒イベントであり重要な固定イベだからだ。


 あんまりじゃないか。転生したと思えばこれだ。

 次も転生が約束されるわけではない。これでおしまいって可能性も大いにある。たとえできたとしてもまた記憶を取り戻せるとは限らない。何の保証もないんだ。


 考えろ俺。どうしたら死亡イベを回避できるか考えるんだ。


 もう誰かを庇って死ぬなんてご免だ。ごく平凡に生きて寿命を終えたいんだよ。そんなささやかな願いも叶えられないのか。いいや、そんなのは絶対認めないし受け入れない。


「主人公を庇って死んでしまう親友ポジでも、ゲーム知識をフル動員すればきっと運命は変えられる。絶対に生き延びてやる」


 ゲーム開始は十五歳からだ。つまりまだ十年の猶予がある。入念に準備をすればあるいは死を回避できるかもしれない。



 全要素をコンプリートしただけでなく設定資料集も読み込んだ俺なら。




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