『別れの言葉』

 長外套のポケットに手を入れて

 かなしい想い出の街を歩く

 私がこの街を大切に訪ねていた頃

 私はこの街で出会ったひとたちを愛していた

 焼けて何もなくなった街に久しぶりに降り立って

 相変わらず誰も立ち止まることをしない雑踏を歩いてみた

 進行方向を変えることはおろか

 止まって歩みを考え直す場所も時間もない街

 私を陥れたからその人々は炎と追憶に消えた

 私を陥れたくせに私の言葉に私という存在に溺れたまま

 身勝手に死んでいった

 私は私を傷つけた人々の建物があった場所を目指していた

 傷を負った心は自らの傷から滲む愛を痛み止めにするかのようだった

 信仰のなくなった綺麗な私のまま

 久々に訪ねた街だけは死のように沈んでいる

 私は気づいていなかった

 この街にあってただ一人

 降り注ぐ幾条もの光に導かれていたことを

 愛は間違ったものにしか言葉を与えないと言うことを

 私の最も寒い心の場所は

 光を受け入れるのに長い時間を要した

 私は古い詩集を取り出した

 説教臭い詩集だった

 私は誰も居なくなった教えの家の前で詩集に火を放った

 皮肉な儀式のように

 全てを照らしつける残酷が放たれた炎から広がった

 私が信じていたこと

 この身の不幸が謂われないことだったにも拘わらず

 他の誰の所為にもしなかったこと

 私は何も間違ってはいなかった

 悪が炎から逃げていくのが分かった

 愛に崩れても堪えられるのは

 やさしい善人だけだから

 愛は最も明るい場所と最も希望ない場所とを平等に照らす

 愛されるべきひとに傷を負わせた者にだけ語りかける

 私は白い灰になった厭らしい言葉の束が

 風になるのを見送った

 想い出はいつなくなってくれるのだろう

 私が神々に愛されていたことだけが

 誰の目にも見えない聖像のように

 この街の片隅に残っていた

 決して奪われることない

 かなしみのように

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