フェイス!!

田中える

プロローグ

 郊外の寂れた町は、よそ者を歓迎しないようだった。

 くすんだ赤色のコートをひるがえして歩く男は、周囲にさっと視線を走らせた。男をじろじろと観察する人々は、彼がそばを通るとふいと目を逸らす。

 その不躾な扱いの理由は、自分がまっすぐに向かう目的地にもあるのだろう。男はそう考えた。普段からろくな人通りがないのか、彼が歩く道には雑草があちこちに生えている。民家は進むごとに少なくなり、この道の先にあるのは、根暗な町の人々たちが避けている建物のみだ。

 その建物は、『幽霊屋敷』と、陳腐な名前で呼ばれていた。

 男は足を止めた。目の前に見えるのは、目的の屋敷そのものだ。見上げると、レンガ造りの廃れた屋敷は、『幽霊屋敷』という名前が似合う外観を露わにした。黒い骨のような門、蔦が絡んで変色した壁。曇った窓ガラスは中の様子を一切伺わせない。男は昔見たゴシックホラー映画を思い浮かべた。

 数十年前に興ったばかりのこの国で、ここまで落ちぶれた様子を見せる建物も珍しい。大方どこかの金持ちが、ぴかぴかの新興国に趣味を詰め込んだ別荘を構えたが、想定より魅力的な国ではなかったばかりに早々に売りに出した、といったところだろう。驚くほどのろまな発展をしているこの国は、住み良いリゾートとは程遠い。

 男が門を押すと、錆びた鉄がきしむ音と、甲高い悲鳴が聞こえた。振り返ると、遠くから男のことを観察していたらしい少女が口に手を当てている。目が合うと、少女はスカートを翻し、大慌てで逃げ出した。

 彼女がこの屋敷を恐れるのは、屋敷の住人に理由があった。やはり『幽霊夫人』と陳腐な名前を与えられた屋敷の住人は、夫と死に別れてから気が触れた未亡人であり、幸せな家族を呪うのだという。


(……くだらない)


 眼鏡を押し上げて思考を止めた男は、ろくに鳴らされていないであろうチャイムに指を当てた。男は、『幽霊屋敷』のことも、『幽霊夫人』のことも知り尽くしていた。さらに、この町の人々が知り得ないことも知っていた。


(『幽霊屋敷』には、もうひとり住人がいる)


 男が訪ねようとしているのは、夫人ではなく、もう一人の住人の方なのだ。壊れているのか、鳴らなかったチャイムに小さくため息をついた男は、ドアノッカーに手をかけた。

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