お化けとお買い物

「この帽子どうっ!?どどどどう?」


「あー、いいんじゃね?」


アイが自身の頭に被せたのはつばのついたスポーツブランドのキャップ。一丁前に似合いやがる。


「ふふん。そうだろうね。あ、あれも見たい!」


「おいっ、急に引っ張るなよ」


駅中のルミネ。

アイは隣の店舗に小走りする。


「しょうがないじゃん。離せないんだから。意外と不便だなあこれ。もういっそ開き直って離しちゃう?」


そう言ってアイが視線を向けたのは、俺とガッツリ繋いだままの手。


「ばかっ。離してお前がいきなり消えたら怪しまれるだろうが...!」


声を潜めながら俺が言う。


俺とアイはふたつの法則に気づいた。


ひとつはこと。


そしてもうひとつ。

アイの姿が俺以外にも見えるということだ。


思えばさっき大家さんの前でも、俺はアイに背中を


あれもアイはしっかりと俺に触れていたのだ。

そしてバシバシと俺を叩くその瞬間のみ、大家さんにアイの姿が認識できた。

だから大家さんにとっては一瞬の間アイが現れたり、消えたりしていたのだろう。


そういうわけで、俺とアイはこうして仲良く手を繋ぎながらルミネに来たわけである。


「へいへーい。ていうか、そんなこと言って、手繋げて嬉しいんでしょ?でしょでしょ?どうだこいつう」


「ち、ちがうわ...。窮屈でしょうがないけど、仕方なく繋いでやってんだよ」


「またまたまたまたー!んっ!?あれもかわいい!」


アイがそう言って入ったお店で手に取ったのは、小さなピンクゴールドのハートがついたネックレス。


「おつけしましょうか?」


「あ、ありがとうございます!」


スッと店員さんが近づいてきて、ネックレスをアイにつけてくれる。その間もずっと手を繋いだままなのだが、どう思われているのだろうか...。


「ありがとうございます!どうかな...?」


アイは首についたネックレスを指で揺らして見せる。


チェーン部分も落ち着いたピンクゴールドっぽい上品な色で、ちょっと大人っぽいようにも見えたが、少しあどけないアイにも意外と似合っていた。


普段の子供っぽい表情からギャップがあって、なかなか悪くない。


「あー、まあいいんじゃない?うん。まあまあいいじゃん。悪くない」


「めっちゃいいってこと?」


「違うわ。自惚れんな」


「じゃあ似合ってない?」


わざとらしく、こてんと首を傾げるアイ。


「まあ、悪くは、ない...」


「ふーん。でしょ?満足」


アイはそう言ってふふんと笑みを浮かべると、ネックレスを外し、物欲しげにしばらく見つめたあと丁寧にそれを店員さんに返した。


「いらないのか?」


うん、と頷くアイ。


「絶対いるものじゃないしね。特に私には、ね」


そう言って、からからっと笑うアイの顔はどこか悲しそうで。


「ふーん、そうか」


似合ってたのにな。


そう思いつつも、俺は頷き、ふたりでその店を出る。


「じゃあそろそろ帰りますか」


アイは一階に降りるエスカレーターにずいと俺を引っ張る。


「服も買わなくていいのか?」


「うん。よく考えたらお化けに服なんてもったいないでしょ。ほんとは一緒にちょっと外で遊びたかっただけ。でも楽しかったよ」


ニッと笑うアイの笑顔は、どこか無理矢理感があってもどかしさを感じる。また殊勝なアイがでた...。


「はあ...。一階にユニクロあったろ?そこいくぞ」


「え?いいよいいよ。それにお金もそんなあるわけじゃないでしょう」


「なめんな。お前の服買うくらいの金はあるわ。いいから。いくぞ」


強めの語気で言い切る。

が、アイも引かない。


「いやいやもったいないって。それは自分のために大事に使いたまえよ?ね?お化けにユニクロはもったいないっすわあ」


エスカレーターを降りてすぐの場所でアイがぐだぐだとやけに渋るので、思わず、


「ああもうやかましいわい!別に俺がしたくてそうするからいいんだよ」と口走る。


「え?」


と戸惑うアイ。

その頬が少し赤く色づいている、気がした。


しまった、と俺。


「いや、あ、汗臭くてたまんねえからだよ。お前ずっとその服だろ?」


俺はアイから視線を逸らしながら、昨日から彼女がずっと着ている制服を指差した。


「あ、ああ!!そうね!そうだね。うんうん。確かにそれは迷惑だわすまん。じゃ、じゃあありがたくお願い...してもいいのかな?」


上目遣いで伺うようなアイの顔は、やはり薄く色づいているようにも見えた。

いや、気のせいだ...!


「あ、ああ。もちろんだ。じゃいくぞ」


俺は俯いたまま答える。


「お、おっす。れっつらごー」


「はー?なんだそりゃ...。なんだそりゃ...」


アイが拳を掲げる姿を小馬鹿にするように、ふっと鼻で笑ってみたがどうにも歯切れが悪い気はした。

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