第13話 悠

玄関のドアを開けると、煮物のにおいがする。

また、大根とスネ肉を煮たのかな、最近、母は圧力鍋を買ってからやたら煮物に凝ってる。


居間は覗かずに、二階の自室にあがる。

最近は、ただいまもおかえりもあんまり言わない、言われない。


わたしの中でどうしても納得がいかないのは、わたしだったら読みたくて予約するような本があるのなら、とにかくそれ読んでからにすると思う。

もし死にたくても、読んでからにする。

馬鹿げてるけど本当にそう思う。だから、自殺じゃないと思う。

自殺じゃないなら、事故か事件。

でも誰が、あんなおとなしそうな人畜無害っぽい控えめな先生を殺すっていうの?

わたしの中では、自殺じゃないっていうのはゆるぎない感覚なのに、事故もありえないと思うし、事件、殺人だってとてもありそうには思えない、ってことは?

何ならありえるんだろう……


千葉先生には驚いたな。

駄目だって口では言いながら予約画面をこっそり見せてくれた。

一年の時、はじめて課題研究授業で千葉先生の指導をうけたときは、

随分大きい先生だなってだけの第一印象だったのにな。

でも、最初のまともな会話がまだ記憶にしっかり残ってる。


「佐野、ゆう?はるか、かな?」


「あ、ゆうです」


「佐野ゆうさんか。うん、大丈夫、ちゃんと漢字で読みますから」


わたしは自分の名前結構好きで、音も漢字も両方好きなので、だからちゃんと漢字で読むって言われてちょっとドキッとした。

そういう気持ちを見透かされたみたいで。


多分、その日から、わたしは千葉先生のことが好きなんだと思う。


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