第39話 北の勇猛将と王位継承権

 キタリスの使者サーデル=オウル=ディストラ辺境伯は相当な策士だった。

 経由する街にこっそりと替え馬を用意していて、つど馬だけを交換して走り続けるというのだ。

 これならいくら王国兵といえど引き離されれば追い付くのは難しい。


 ただ、こんなにもすぐ刺客を送ってくるとまでは思っていなかったらしい。

 その点は馬車の足を止めた際に改めて説明され、感謝もされた。


 そこからは俺たちも別途に馬を替え、サーデル殿と共に北へ。

 その四日後、とうとうフェターンの街へと辿り着く。

 実質上のラグナント脱出成功だ。


 それで一向が向かった場所は、この地を守るグライデン辺境伯の屋敷だった。


「フハハハハッ! よぉく帰って来たなサーデルッ!」

「おう! ガツンと言ってきてやったぞラクトゥース!」


 しかも相対するや否や、互いに拳を突き合わせるという仲の良さ。

 本来ならラグナントとキタリスの境を守りあう敵同士なはずなのに。


「おおっと、初対面の者もいるようだな。我が名はラクトゥース=オル=グライデン。この地の守護を任されている者だ」

「ラグナント出身でその名を知らない者なんていませんよ、勇猛将殿」

「君もな、〝業誘い〟アディン=バレル君」

「やはり気付いていましたか」


 俺のことまでよく知っている。

 その異名を出されたのもいつぶりだったか。


「はは、俺たちアルバレストのことを知ってるのは冒険者とかそういった類だけですよ。さすがに兵士や市民にまでは認知されていません」

「だがその影響力は我に負けず劣らず大きい。そんな男がサーデルと現れたのだ、これほど頼もしいことはないよ」


 ともあれ買ってくれていることに変わりはないようだ。

 俺の肩を大きな掌で叩くと、みんなを屋敷の中へ案内してくれた。


 連れて来られたのは大きな応接間。

 高そうなソファーや椅子がいくつも並び、豪華さを滲ませている。


 そんな光景を見たミュナが大喜びでソファーへ走っては飛び込む。

 彼女らしいと言えば彼女らしいのだけど、今はちょっと勘弁して欲しかった。


「ハハハ、かまわん。女子はあれくらいに元気な方がよい!」


 ラクトゥース殿が寛大だったのが幸いだ。

 サーデル殿も微笑んでいるし、ここは許された、のかな?


「では好きな所にかけてくれ。せっかくだしあのクソガキにまつわる話も聞きたい」

「きっと抱腹絶倒は避けられんぞ、覚悟していろよ?」

「ああ、その話の前に一つ尋ねてよろしいですか?」

「うん? なにかな?」


 緩やかな雰囲気のままに全員が座席に座り、俺もミュナが寝そべるソファーへ。

 それでミュナが俺の脚上にもたれかかる中、二人に尋ねてみた。


「お二人がとても仲が良さそうに見えるのですが、それはどうしてなのです?」

「あぁ~そのことか。なんてことはない。我々は昔から友人同士なのだよ」

「そう、子どもの頃からの付き合いでね。共に祖国を盛り上げようと語り合うほどだったんだ」

「互いに祖国が違うのに?」

「ははっ、子どもに国は関係無いよ。ただその心意気を誓い合っただけに過ぎない」


 それだけ信頼し合っているってことか。

 そんな二人が国の境を守り合っているなんて奇妙な偶然だ。


「そしてかの先代王デリス様がそのことを知り、敢えてこの地に我を配置したのだ。友であるサーデルが向こうを守っているならばこれで争いはなくなるであろう、とな」

「そう、そのおかげでキタリスとラグナントは比較的長い和平を結ぶことができたという訳だ」

「すごい、そんな逸話が……」


 そうか、それも先代王の采配だったんだな。

 やはり先代王デリス様はすごい、フィルが憧れる訳だ。


 フィルはそんな先代王に憧れてラグナントの国宝パーティになりたいと語った。

 それが夢なのだと、よく俺たちに言って聞かせたものだ。

 国宝パーティになれたのはあいにく、その先代王が亡くなった後だったが。


「さぁてサーデル、さっそく聞かせてくれよ! あのクソガキの喚いた話をぉ!」

「よぉし聞けラクトゥース! アディン君たちもぜひ!」

「ええ、楽しみです!」


 彼らの身の上話もこうして終わり、さっそくサーデル殿の国王と謁見した時の話が始まる。

 そんな話を俺も、ミュナが身体にまとわりついて遊ぶ中で耳をすまして聞いた。


 しかしその話は本当に酷い物だった。

 あのミルコ国王は領地に関しても無知であり、政治なんてまったく執り行っていないとさえ思える。

 おまけにラクトゥース殿の話も付け加えれば、奴はどうやら四六時中女たちと遊び惚けているそうだ。


 秀抜の政治手腕を誇る先代王とはまるで違う。

 どうしてそんな奴が王になったのかと疑わしく思うくらいだ。


「本当ならな、あの男が王になる訳はなかったのだ」

「えっ?」

「実はデリス様はな、次男の第二王子を次期国王に任命しようとしていたんだ」

「でも第二王子は……」

「そう、謎の病で倒れ、そのまま息を引き取った。さらには次候補である三男も留学中に事故に遭い、そのまま亡くなられた」


 なんだかずいぶんと物騒な話だ。

 まるで長男以外が暗殺されたような雰囲気じゃないか。


「腹違いの第四王子も幼い頃に母と共に失踪してな、今では行方知れずだ。つまり、王位を継ぐ者があのミルコしかいなかったという訳だな」

「世襲である必要性はあります? たしかデリス様には優秀な宰相殿が付いていたはず」

「うむ。だが彼は王が崩御した後に引退を決めてな、なし崩しにミルコが引き継ぐこととなった」

「そんな無責任なことをあの宰相殿がするなんて……」

「我も信じられんよ。だが事実だ」


 ……どうやらまだ語り足りないらしい。

 頭を深く落とすも、見上げた眼がギロリとして鋭さを帯びている。


「ミルコが即位してからラグナントはガラリと変わった。他国からの輸入品には今までの倍以上の税金を課し、国内においても同様に多額の徴税を行った。その結果、流通品がほぼ入らなくなってしまったのだ。他で売った方が金になるからな」

「明らかに半年前と違って活気が失われていたよ。見る限りじゃ国外からの商人などいなかったしな」

「あれはもはや政治ではない。ただの浪費だ。あのままではいずれ滅びる」


 なるほど、そのせいで素材不足だったのか。

 薬が作れないほどに困窮するとはよほどじゃないか?


 裏側の話を語ると、さっきまで笑い転げていたはずのラクトゥース殿が落胆する。

 その変わりようにサーデル殿も「やれやれ」とお手上げ状態だ。

 きっとラクトゥース殿はそれだけ先代王を信頼していただけに、この国の変わりっぷりに辟易したのだろう。


 だからキタリスに鞍替えをしたんだな。

 こっちの方がまだずっと信頼できるから。

 これは彼が裏切ったというより、祖国に裏切られたという方が正しい。


 他の貴族も保身でミルコ国王に取り入っているだろうからな。

 この牙城を切り崩すのはきっと生半可なことじゃない。


 だけど俺たちにできるのはただ眺めることだけだ。

 そういった政治に関しては彼らの方がずっと上手だろうから。

 せいぜいその手助けをするくらいしかないだろう。


 とはいえ、その手助けを彼らは求めているようだけれど。

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