第6話 意思疎通の薬と彼の能力

 ミュナの世話になり始めてからはや一ヵ月が経った。

 

 もう体もまともに動かせるし、きちんと喋ることもできる。

 ここまで治るのに一ヵ月もかかるとは、あいかわらず俺の服用した薬の反作用はすさまじい。こうなるともはや毒だ。

 その毒を服用して戦うのが俺のバトルスタイルなワケだが。


 そんな事を思い返しつつ、調子を整えるために今日もギルド体操で体をほぐす。

 ミュナも真似して一緒に踊ってくれるので、妙な一体感があってなんだか楽しい。


 ――うん、今日は良い調子だ。

 これならそろそろできるかもしれない。


「ミュナ、ここで待ってて」

「?」


 俺はジェスチャー込みで彼女にここに待つよう伝える。

 それで俺は思い切って地底湖へと向けて走り込み、高台から飛び込んだ。


 ……やはり水の中は綺麗だ、とても澄んでいる。

 しかし底の方までは暗過ぎて、深く潜らないと見えそうにもない。

 ただ今の時間帯だけは太陽の光が注がれるから近づけば見えるはず。


 そう信じ、底へと向けて泳ぐ。

 すると案の定、チラリとした輝きが見えた。

 薬鞄のベルト止め金だ。やはりあの鞄もここに落ちていたか。


 手に取ると断たれたベルトが不意に揺れる。落ちた拍子に千切れたか。

 だが中身は無事そうだ。それなら問題はない。

 ついでに剣も見つけたが……こちらはダメそうだ。

 長いこと水の中に晒されたせいで錆びてしまっている。これはいらないな。

 さてそろそろ息が苦しい。上がろう。


 そう思った時ふと、また別の光が瞬いていることに気が付く。


 誓いの短剣だ。

 そうか、あれもここに落ちてきていたんだな。


 少し息がきついが我慢しろ、俺!

 そう言い聞かせながら必死に泳いで短剣を掴み、すぐに水上へ。


「ぶはっ!! ハーッ、ハーッ!」


 ギリギリセーフ!

 ちょいと無茶したがおかげで成果は上々だ。

 これで二度目の潜水の必要はなくなったかもしれない。


「あでぃ! きよるこー!」

「ああ、ちょっと待っててくれ!」


 体も冷えてきた。思ったよりも水が冷たい。

 これは早く上がらんと真の意味できついな。


 凍えつつもなんとか岸へと辿り着く。

 そうしたらミュナが引っ張り上げてくれて、ついでにギュッと抱きしめてくれた。

 冷たくなった体を温めてくれるらしい。

 ああ、君の優しさもが染みてくるかのようだよ。


 だがこの冷たさの中で俺は生還できたのか。

 今思うと奇跡だなこれは。


 そう感慨にふけつつもゆっくりとミュナを抱き込みながら腰を落とす。

 まずは戦利品の確認をしなくてはな。


 鞄を開き、中身を確認する。

 ポーション系の薬品は一部割れているが基本は問題なさそうだ。

 しかし粉末系はダメだな、完全に水に溶けてしまっている。

 そうなると調合素材も錠剤系も軒並みアウトだろう。


 ただ、あの薬はたしかポーション系だったはず。


 その記憶を頼りに、並べられた瓶を一本ずつ確認する。

 するとさっそくお目当ての小瓶を見つけた。


 ――〝意思疎通薬トランスレッター〟。


 これを飲むと三日間ほどだけ言葉が相手に通じる。

 ただし一人一瓶分、しかも互いに飲まないといけないので少し不便。

 でも他国へ行く際には重宝する冒険者必須のアイテムだ。


「よし、これをまず俺が飲む。ミュナ、見てて」


 それをさっそくと口の中へ。


「ミュナ、俺の言葉がわかる?」

「あでぃ!? くまたっな、や、や!」


 どうやら伝わっているらしく、ウンウンと頷きでも返してくれた。


 よし、薬の方も俺の〝能力〟で中身が

 これを今度はミュナに飲ませてあげる。


「ミュナ、しゃべってみて?」

「あでぃの言葉、どうしてわかる!?」

「今飲んだ薬のおかげで少しの間だけ言葉がかわせるようになったんだ」

「すごい、すごい!」


 よかった、しっかり薬が効いている。

 やはりいざという時のために買い置きしておいて正解だった。

 薬も繰り返し使えるし、この能力さえあればもういつまでも会話に困らなさそうだ。




 ――先天性アビリティ〝リテイカー〟。


 それが俺に与えられた天からの贈り物の名。

 所有者が直接使う消耗品はすべて即座に手元へ戻ってくるという能力だ。

 それも無制限に、一切のデメリットなしに。


 しかも扱い方次第ではいくらでも応用が利く。

 このように瓶の中に戻したり、鞄の中に袋詰め状態で戻したりも可能。

 この能力のおかげで俺はアルバレストでも有用的に戦う事ができたんだ。


 ゆえに俺は表向きこそ薬士だが実際には違う。


 俺の本当の職業は――〝薬闘士メディタイツァー〟。

 これは俺だけの、世間には知らされることのない非公式の万能職なのである。


 ……今はこの力に改めて感謝したい。

 戦いのためでなく、わかり合うために使えたことを。


 おかげでようやく、俺は恩人ミュナと意思を交わすことができたのだから。

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