第4話 追憶と命の恩人
『なぁアディン、俺たち皆で冒険者にならないか?』
ああ、懐かしい景色が見える。
フィルにこう誘われて、嬉しがったあの時の思い出が。
『アディンの能力があれば僕らのパーティは最強になれるかもね』
そうだったなシャウタ、お前が俺の能力の真価を見抜いてくれた。
それで守ろうって打ち明けてくれたんだよな、みんなで一緒に隠すことで。
『薬士。いいね、それならバッチリかも! 君、そういうの得意だし!』
あいつらは俺を薬士だからとバカにはしなかった。
むしろルッケはそれを良いことに色々と都合のいい薬をせびってきたっけか。
『アディ~ン! 二日酔いの薬タダでちょうだい~! 今すぐ! お願い!』
だけど悪い気はしなかったな。
ファーユなんて些細なことでも頼ってくれて、俺はたまらなく嬉しかったから。
『お前がいなかったら自分ら、間違いなく全滅してたわ。あんがとな』
人前では無口なクレッツォも俺たちの前ではこうして気持ちを示してくれた。
だから俺たちはいつまでも一体感を感じる事ができたんだよな。
どれもこれも本当に懐かしい。
またこんな思い出をこれからも作れるだろうか。
俺がいなくても、平気だろうか……。
……………………
………………
…………
……
「りちょうるれば」
え?
「まうもむみみーて」
なんだ、なんの声だ?
聞いた事のない言葉みたいだが。
……こんな声と共に、次第に視界が明るくなっていく。
俺はどうやらまだ生きているらしい。
「こった! こった!」
するとそんな視界に人のような姿が映った。
まだかすれてよくわからないが、声の主だろうか?
ただ俺はまだ舌も動かせないらしい。声が、出ない。
「たーのてーよ、みゅなれーぜたよ」
なんだ、何かを食べている?
顔を近づけ――え!?
口は動かないが唇の感覚はあるらしい。
途端、温かくて甘い感じが触れ、口の中へと伝ってくる。
これは、甘い……果実の味か?
「ふむふむ。もはって」
どうやら今ので終わりではないらしい。
立て続けにもう一度、また一度と繰り返している。
口移しで果実を食べさせてくれているようだ。
ありがたい、これなら治るまで生きられるかもしれない。
「くようよー」
ちょっと残念がっているようにも聞こえる。
すまない、動きたくても動けないんだ。
でももう少し続けてくれれば、いずれは。
……そしてそれからおよそ三日が経った、と思う。
あれから
おかげで今は視界もしっかり映り、口も少しだけ動かせるようになっている。
また見えるようになったことで彼女のことも思い出せた。
水の中に落ちた俺を助けてくれたのもきっと彼女だろう。
その証拠に、銀のように輝かしい緑髪を有しているし。
そんな彼女が月夜に照らされる姿は大人としてとても魅力的だったものだ。
衣服とはいえないようなボロ布を着ている所は玉にキズだが。
「あ、う……」
「みゅなれーぜおろまっふ」
こう唸るだけで彼女は傍に来て、優しく頬を撫でてくれる。
会話を交わせないのがとても歯がゆい。
そんな彼女と触れ合う間にわかったのは、ここが空の見える洞窟だということ。
おそらく彼女はここに住んでいて、池に落ちた俺を見つけて助けてくれたのだ。
その池もすぐ傍に見える。
生活用水にしているようで、彼女の水を汲む姿もよく見かける。
だとすると俺が来たのは――
そう察し、ふと池の上を見てみる。
すると案の定、洞窟の天井に穴が開いていた。
さらにその穴には黒いモヤがかかっていて、先はどうにも見えそうにない。
不思議な光景だ。
しかし今は体を治す事を第一に考えよう。
体が動くようになってから調べてもきっと遅くは無いだろうから。
……それからさらに三日が経った。
固形物が食べられるようになった。
また長続きはしないが声も出せるようになり、指先も動かせるように。
それでも彼女は口移しを止めようとしなかったので、さすがにそのまま食べさせてほしいと懇願したものだ。
「ミュナ、たのむ」
「みゅなれーぜおろまふー」
それと彼女の言葉から、名前が〝ミュナレーゼ〟であると推測できた。
どうやらそれが正解らしく、名前を呼ぶととても喜んでくれる。
この言葉もたぶん、「ミュナレーゼはここにいるよ」だと思う。
話し方からしてとても慈しみを感じる。
頭の回転も割と良くなってきたし、そろそろ快復の兆しが見えてくる頃だろう。
……それから二日後の朝。
「まだ腕に力は入らないな。けれどこれくらいなら持てるか」
俺は体を起こす事ができるようになっていた。
また腕も動かせるし、その気になれば立てるかもしれない。
「……あでぃ、おうるうんて?」
「ああすまないミュナ、起こしちゃったか」
そう呟いていたら、隣で寝ていたミュナが起きてしまった。
それに体を起こした俺に驚いているみたいだ。
しかもすぐ彼女がガバっと抱きついてくる。
「あでぃおうるおっと!」
「あはは、ありがとう、君のおかげでだいぶ良くなったみたいだ」
さらには頬を擦りつけてきてなんだか嬉しそうだ。
まるで犬みたいなスキンシップのやり方にちょっと戸惑ってしまったが。
その次にはミュナが果実を渡してくれた。
もはや食べ慣れたリンゴみたいな果実だが、実際にかじってみたらどうかな。
――うん、リンゴだ。
俺の知ってる触感で間違いない。形は少し違うが。
だとすればここはどこか別の国だろうか?
体が動くようになったらミュナに外へ連れ出してもらうのもいいな。
「あでぃうるるーとぺ」
「え? これもくれるのかい?」
「や、や!」
すると今度は干し肉みたいなのを渡された。
けど少し表面にカビみたいなのが見えるんだが……?
ええいままよ!
ミュナの見ている手前、断るのも気が引ける。
だからと思い切ってかぶりついた。
うん、おいしい、そう思うことにする!
……まぁずっと果実だけを摂っていたから本当に美味しくはある。
久しぶりのたんぱく質で体が喜んでいるのかもしれないな。
でもできれば今向こうでぶら下がっている肉を焼いて食べたかったよ。
ただ、不思議なことに彼女はそういう調理をしない。
火を起こすこと自体がないようで、周囲には焚火跡が一切ないのだ。
だとすると火を起こせない何かしらの理由があるのかもしれない。
そう推測した俺は焦らずにもう少し療養することを決めた。
彼女の事を知ってからでも遅くないと考えたから。
それというのも、俺には彼女と話せるようになるかもしれない秘策があったのだ。
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