第1話 刑罰

 アメリカの刑務所では囚人に罰則を与えるのにいくつかの作業をさせる。

 その中で一番精神にくる罰則が『穴掘り』である。

 まずシャベルを与え大きな穴を掘らせる。それが済んだらその穴を埋め戻させる。これを延々と繰り返すのだ。

 どんなに精神が頑強な人間でもニ週間で許してくださいと泣きを入れると聞いた。

 ただひたすらに無為に人生を浪費させるという行為はとても苦しいのだ。



 パソコン業務がいきなりなくなってから半年、元パソコン事業部はありとあらゆる迷走を繰り返した。総勢四十名近くの部が何もやることが無くなってしまったのだ。

 部下を手放したくなかった事業部長は何もアイデアが無く、この状況を持て余した。

 課長たちを集めて連日会議に次ぐ会議で、その場しのぎのアイデアが次々に飛び出した。


 私に来た仕事はFPU(浮動小数点演算ユニット)の設計だ。

 この分野を知っている人には分かって貰えると思うが、いくら工学部出身とは言え勤めて二年目の人間ができるような仕事ではない。作っている所もインテル含めてわずかに数社だ。

 浮動小数の処理一つ取っても大学の教授クラス、それも相当上のレベルの人間が扱う分野だ。この辺りのノウハウだけでも分厚い本が何十冊も書けてしまうだけの知識の深さがある。

 ましてや当時この方面の資料は手に届く範囲では一冊しかなかった。技術雑誌インタフェースのFPU特集の号である。

 作業員として付けてくれたのは自己中I氏と今年入った新人一人。

 新人と一緒に資料を漁り読み続ける。その横で白紙に箱を2個描いたまま、それを見つめて一日不動のお地蔵様と化す給料泥棒の鑑であるI氏。

 二週間続いたところで上も失敗に気づいたのだろう。企画はボツになった。


 すぐに次の新しい仕事が命じられる。今度はビットコンバータの設計だ。それを一週間続けた段階で、またもやプロジェクト中止が伝えられる。

 これが繰り返された。

 その数、半年の間になんと十四個。

 山のように積み上がったボツの山を見て、脱力した。


 これこそが罪なき者に下された刑罰の証拠である。

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