第3話

 春が来た。

 優香がいなくなってから二度目の春だ。

 私は無事に中学校を卒業することができた。


 訃報があってからいじめっ子たちのいじめはピタッと消えた。

 本当に揶揄い半分で遊んでいただけだったのだろう。だから重い事件になったせいで揶揄うのをやめたのだ。良かったとは思えない。失ったものが大きすぎるのだから。


 私は無事、第一志望の高校に進学することができた。

 言葉の鎖によって精神的な不自由はあったが、いじめの鎖から解放されて身体的な自由を手にしたことで勉強は思った以上に捗った。


 そして、休憩がてら描いた絵は自由帳をまるまる一冊埋め尽くすほどになった。一切破られたり、汚されたりすることなく完成したノートはとても心地の良いものだった。優香に見せてやりたかったが、彼女はもういない。


『ピコンッ』


 卒業式が終わり、家へと帰る途中、不意に一件の通知が私のところへと届いた。

 ポケットからスマホを取り出し、画面をオンにする。


「拝啓 鮫島観月様 卒業おめ……」


 メッセージに付随した送信者の名前に私は目を丸くした。

 成宮優香。差出人の名はそう書かれていた。すぐさまロックを解除し、スマホをチェックする。


「拝啓 鮫島観月様


 卒業おめでとう。

 今、このメッセージを読んでくれているということは無事に高校の進学を決め、中学を卒業したのでしょう。あ、中学浪人は流石にやめてよね。


 このメッセージを見る時、私はきっとこの世にいないでしょう。

 きっと観月は『幽霊が送ってきた』と思ったに違いない。でも残念。これは『予約送信機能』で送ったものだよ。観月が私に教えてくれた機能。これ、本当に便利だね。観月に教えてもらってからずっと使い続けてたよ。


 さて、あなたはきっと『なんで私があなたに口止めをしたのか』ずっと悩み続けてきたことでしょう。まずはそのことについて謝罪させてください。変なことを言ってしまいごめんなさい。


 きっと黙っていることがいじめっ子たちには一番効く薬だと思ったの。あの子たちあんまり肝座っていないから、大事になったらやらなくなると思ったんだよね。でも、人一倍嫉妬心は強いからもし口にしてしまえば、ひどい虐めに繋がる恐れがあった。だから観月を口止めさせていただきました。結果は大成功だったかな。


 これから自ら命を絶とうっていうのにこんなおちゃらけた文章書くのは変だね。

 観月は私がいじめで自殺したことをとても悔いているでしょうか。もし、そうだったら不謹慎かもしれませんが嬉しいです。だって、それだけ観月は私のことを思ってくれていたってことだから。


 でもね、もし私が自ら命を絶とうとしなくても、私の命は別のものが奪ったに違いないの。せいぜい前回の春を越すのが精一杯だったでしょう。あなたに初めて会った時、私の余命は既に半年だったから。


 半年弱、あなたと一緒に過ごせてとても幸せでした。だから私はあなたには幸せになってもらいたい。他人に邪魔されず、幸せになってもらいたい。伸び伸びと絵を描いてもらいたい。だから、自分の命と引き換えに、あなたに自由を手にしてもらいたかった。初めて会った時に、あんな泣き顔を見せられたら、とてもじゃないけど心配で仕方ありません。


 もし願うことができるなら、あなたには絵を描き続けてほしいです。

 天国に行ってもあなたの絵をいつまでも見続けているからね。あれ、自殺したら地獄に行くんだっけ。まあ、いっか。うわ、我ながら超皮肉だわ。心が弱いからか昔から自虐だけは得意なんだよね。


 でも、できることならあなたの絵を一番近くで見ていたかったです。

 そして、できることならあなたの人生を隣で歩みたかったです。


 改めまして、卒業おめでとう。

 これからの観月の活躍に期待してます。


 成宮優香 敬具」


 手元に垂れた一筋の雫で自分が泣いているのがわかった。

 色々な情報を一気に知らされて心の整理がつかなかった。でも、あの言葉は優香の優しさだったと思うとなんだか救われた気がした。


 そうだったんだ。きっとやつれた顔はいじめによる疲弊ではなく、病状が良くなかったからだったに違いない。一学期という長期休養は病気のためだったんだ。もしかして、余命が半年と言われて優香は最後に学校に行くことに決めたのだろうか。であれば、私は最低な人間だ。


 全く気が付かなかった。気がついてあげることができなかった。

 優香と同じく自分も彼女のことを大切に思っていた。だからこそ、それに気づけなかったということがとても悔しかった。


 こんな私が彼女にしてあげられるのは一つしかないだろう。


「優香。私は美術の道に進むよ。大学は絶対に美術学校に入る」


 桜舞う帰り道には、とても優しい香りが漂っていた。

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