【短編】言わぬが花

結城 刹那

第1話

「昨日、成宮優香さんが自宅で首を吊って亡くなりました」


 息することすら躊躇われるほどの閑散とした教室に、先生の悲しい声が響き渡る。いつもはソプラノ調の明るい声なのに、今日だけはアルト調の低い声だ。

 生徒たちは顔を下に俯け、先生と同じように悲しみに耽る。悲しいのに涙が出ないのは演技だからだろう。私以外のみんながこの教室では芝居役者だ。


『絶対に誰にも言わないでね』


 この言葉が私の頭の中を駆け巡る。

 俯いた顔を少し上げると、前の席に置かれた花瓶が見える。

 成宮優香はこのクラスで虐めに遭ったことで自殺した。正確に言うのなら、私を庇ったが故に虐めのターゲットを請け負うこととなって自殺した。


『絶対誰にも言わないでね』


 両手を髪にあてる。ギュッと頭を強く押してみるもののこの言葉が消える事はなかった。幻影が私の耳に何度も何度も語りかけてくる。だから消える事なく頭の中を駆け巡る。

 私は一体どうすればいいのだろう。


 優香、あなたはどうして加害者を庇うような言葉を残したの?


 ****


 私は幼い頃から人見知りで、根暗な性格だった。

 学校では、休み時間に毎日自由帳を使って絵を描いていた。中学生の今となっても絵を描くためとして自由帳は肌身離さず持っている。


 でも、他のみんなはせいぜい小学校の時に持っていただけで、中学校に入ると使うノートはせいぜいキャンパスノートくらいだ。ひとり浮いたように小学生みたいなノートを持っていた私が揶揄いの対象となるのは必然だったのかもしれない。


 揶揄いというだけあって、最初のうちは絵を描いている最中に脇下を人差し指で突っついたり、絵に落書きするといった簡易なものだった。しかし、私がただ笑ってばかりで怒ったりしなかったからどんどん悪質なものになっていった。


 消しカスを投げる、椅子を勢いよく引く、自由帳をどこかに隠す、終いにはスリッパで蹴るなど暴力的なことまで始めるようになった。この時、私は初めて人というのはやればやるほど慣れていって感覚が鈍っていくのだと思った。だから、より強い刺激を求めて、揶揄いを虐めへと変貌させていくのだ。


 虐めを受けるようになった私は一度だけ先生や両親に相談しようと思ったことがあった。しかし、運悪くスマホのニュースで流れてきた別の地域の虐め問題を見てしまい、やめることを決意した。そのニュースでは、虐めの被害にあった女子生徒が先生に相談してから、より酷い虐めにあって自殺してしまったと記載してあったのだ。


 先生や両親に相談したら虐めが酷くなることを考えたら、とてもじゃないが、相談なんてする気は起こらなかった。その代わり、少しでも身体的にも精神的にも痛みを和らげたいと思い、長い休み時間の時は空き教室へと行ってひとり虚しく昼食を食べ、絵を描いていた。虚しくはあったが、寂しくはなかった。


 小学生からずっと描き続けていたからか中学生に入ると画力も表現力も共にかなり向上していた。絵を上手く描けるようになった私は閑散とした空間でひとり黙々と鉛筆を走らせることに心地よさを覚えていた。


 でも、そんな居心地の良い一人の空間も長くは続かなかった。


「鮫島さん、こんなところに居たんだ」

 陽気な声で入ってくる三人組の女子生徒。その目はようやく獲物を見つけた狩人みたいに光り輝いていた。


 彼女たちは私のいる席の前と両隣を塞ぐように占領し、ちょっかいをかけてきた。ここ数日、私を思うように痛みつけられなかったストレスからか、両隣にいた生徒が私の体を拘束し、前にいた生徒がこの一週間ひたすらに描き続けた力作を跡形もなく破っていった。


 絶望する私の顔を見て、彼女たちは魔王を倒したかのような満足げな笑みを浮かべて教室を後にした。その時に抱いた気持ちは虚しさよりも寂しさの方が強かった。どうしてこんな仕打ちを受けなければいけないのだろうかとひとり涙を流した。


 その日から私は色々な教室を転々とするようになった。一箇所に固まれば、前と同じく見つけられてしまう可能性があったため、休み時間に使えそうな場所を複数候補作った。リアル鬼ごっこならぬ、リアルかくれんぼ。見つかれば酷い仕打ちを受ける。


 恐怖感の中で描いた作品は、どれもこれも思うような絵にはならなかった。それでも描き続けたのは、自分にとっての唯一の精神治療は『絵を描く』ことだったからだ。

 そんな辛い日常を送る中、中学二年生の二学期に私は成宮優香と出会った。

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