第4話 盗賊

突然の馬車の揺れに私もマックスもバランスを崩してしまう。


マックスが苛立たしそうに舌打ちをした。


「・・・・もう少しだったのに!」


そうだそうだ!


私も内心同意したが、外で何か喚いている人の声が聞こえて私たちは急いで馬車の扉を開けた。


御者をしていたトムが近くの木に縛りつけられた誰かと話している。


その人はほとんど裸の状態で縛りつけられて、筋骨隆々とした体つきが見てとれる。いかにも強そうなマッチョ男性を無理矢理木に縛りつけるのは大変な作業だろう。


「トム!何があった!?」


マックスが声をかけるとトムが振り向いた。


「ああ、マクシミリアン様。追いはぎです!彼はボールドウィン辺境伯領の騎士だそうです。辺境伯令嬢の護衛をしていたのに、どこからともなく現れた追いはぎに襲われて身ぐるみはがされ、剣も奪われたとのことです」


その騎士は悔しそうに歯ぎしりをした。


「このようなお見苦しい恰好をうら若き乙女の前で晒してしまい、大変申し訳ありません。情けないことに盗賊たちに襲われ、訳が分からないうちに木に縛りつけられ、全てを奪われてしまいました。護衛騎士として周囲に気を配っていたはずなのに、突然何の気配もなく襲撃されたのです。セーラ様だけはお守りせねば、と思ったのですが、何もできず・・・こうして生き恥を晒しておりますっ!はっ、それよりもセーラ様をどうかお助け下さい!」


彼の視線の方向に馬車が横倒しになって倒れていた。


馬車の脇で伸びている下着姿の男性がいる。彼が御者だったのかもしれない。


「セーラ嬢というのが辺境伯の令嬢なんだね?君が護衛していた」


マックスの質問に騎士は頷いた。その間にトムが騎士の縄を解く。


自由になった騎士は一目散に倒れた馬車に駆け寄った。


「セーラ様!お嬢さま!ご無事でいらっしゃいますか!?」


すると馬車の中からゴソゴソいう音と


「ダメっ!扉を開けないで頂戴!」


という女性の声が聞こえた。


「お嬢さま!?ご無事ですか?お怪我は?」


心配そうな騎士に馬車の中の令嬢はきびきびとした声で返事をする。


「大丈夫。怪我はないし、無事よ。ただ、ドレスを奪われてしまったので・・・その、人にお会いできるような状態ではないの」


「お、おじょうさま!?なんてことだ!どうしよう・・・お嬢さまのあられもない姿が・・・どこかからドレスを借りてこないと」


騎士が狼狽えているのを聞いて、私は閃いた。


「あの!私、ドレス一式持っています!待っててください!今持ってきますから!」


そう叫ぶと自分が乗っていた馬車からキャリーケース、通称コロコロを運んできた。


中からドレスや靴を取り出すと


「サイズが合うといいのですが・・」


と言いつつ、少しだけ馬車の扉を開けて隙間からドレスと靴を押し込んだ。


「ま、まぁ、宜しいのですか?ありがとうございます。心より感謝申し上げます」


馬車の中のセーラ嬢がゴソゴソとドレスを着ている間に、マックスは騎士から詳しい話を聞いた。トムは倒れている御者を介抱している。


幸い怪我人はいない。


私がホッと安堵の息を吐くと、ガタンと音がして馬車の扉が開いた。


馬車は横倒しになっているので、扉は上向きに開き、中にいる令嬢はよじ登るように外に這い出なくてはならない。


しかし、令嬢はそれが苦ではないようで、身軽にピョンと外に飛び出した。


「この度は誠にありがとうございます」


私に向かって深々と頭を下げる令嬢は礼儀正しく好感が持てる。


「いいえ、どうかお気になさらず。念のために持ってきたものですから、お役に立てて何よりですわ!」


と言うと、顔を上げたセーラ嬢がニッコリと笑った。


ああ、落ち着いた美女だ。ブルネットの髪に茶色の瞳が良く似合う。


「私はセーラ・ボールドウィンと申します。ボールドウィン辺境伯の二女です。あの・・・お名前を伺っても?」


「私はシルヴィア・クリフォードと申します」


「まぁ、クリフォード侯爵のご令嬢でいらっしゃるんですか?!」


驚いた様子のセーラに私は少し居心地が悪くなった。


クリフォード侯爵の令嬢と言えば絶対に悪い評判がついて回る。


なにせ悪役令嬢だ。


私はセーラ嬢と面識はないが、きっと『あの悪評高い!?』とか思われているんだろうな・・・。


「シルヴィアさま。初めまして。お会いできて光栄ですわ!私は辺境に住んでおりますので、王都の魔法学院に通ったことはないのですが、お噂はお聞きしております。あのアーチボルド公爵閣下が一目惚れして夢中になっているという評判のシルヴィア様ですね!」


「いえ、そんな・・・夢中になっているだなんて・・・」


あれ?ネガティブな噂は聞いていないのかな?


セーラ嬢の瞳は明るくて嫌味や棘は感じられない。


私はホッと大きな息を吐いた。


「噂の通りだ。実際に僕は彼女に夢中だからね」


そう言って背後から現れたマックスは私の肩を抱いて自分の方に引き寄せる。


「マクシミリアン様!ご無沙汰いたしております」


とセーラが頭を下げると、マックスは頷きながら


「セーラ嬢、久しいな。いつぞやは世話になった」


と声を掛けた。


マックスがそんな風に親しげに令嬢に声を掛けるのは初めてで、私は戸惑った。


え?なに?知り合い?


まさか・・・・元カノ?


色々な思惑が脳裏をよぎる。


うん、これだけモテる人がこれまで恋人がいなかったはずがないし、親しい女性がいたって不思議じゃないよね。


私はチクチクする胸を押さえて


「あの・・・お知り合いですか?」


と尋ねた。


「ああ、四年程前に魔王退治をしただろう?その時に辺境伯領に滞在させてもらった。その時に一緒に戦ったんだ」

「まぁ、そうだったんですね」


魔王が復活したのは辺境の地だった。


共に死闘を生き抜いた縁があるのなら親しくなっても不思議はない。


でも、マックスが登場してからセーラの表情が変わったのが気になる。


頬をピンクに上気させて何か言いたげに彼を見つめているのだ。


マックスはそんな彼女に気づいていない。


「セーラ嬢は盗賊たちの顔を見たか?」


「いいえ。残念ですが・・・全員が黒い覆面と、手まで覆うような黒い服を着ていました。十数人いたと思いますが皆似たような背格好で・・・。襲われるという気配もなく、気がつくと馬車に乗り込んでいたのです」


「そうか・・・相当だな」


とマックスが考え込む。


「目の部分は黒いガラスのようなもので隠れていました。それでも目は見えるようで手の動きで意思疎通を図っていたと思います。声も聞こえませんでした。ただ、私のドレスを剥いだのは女性だったかもしれない・・・と思います。ただの勘ですが、ドレスの扱いに慣れている印象でした」


「なるほど・・・厄介だな」


「盗賊は捕まえられそうですか?」


私が尋ねるとマックスは首を振った。


「分からないが・・・なんの痕跡も残っていない。誰一人怪我を負わせずに馬や剣、衣類など、あっという間に目当てのものだけを奪って去って行った。辺境伯の騎士は強い。それをものともせずに目的を果たした盗賊たちは相当の手練れに違いない」


「いずれにしても怪我人や死者が出なくて良かったですよ!」


とトムが明るく言った。


「王宮には通報しましたので、いずれ近衛騎士団が来るでしょう。御者と騎士はここで彼らの到着を待って頂きますが、セーラ嬢は私どもでお屋敷にお送りした方が良いでしょうね?」

「そうね。それがいいわ」


と私が言うと、マックスが「せっかく二人きりだったのになぁ」と周囲に聞こえないほど小さな声で呟いた。


セーラ嬢は盗賊に襲われて酷い目に遭ったんだからそんなこと思っちゃいけないと分かっていても、彼がそんな風に言ってくれたことがちょっと嬉しいと思ってしまった。


本音を言うと自分も同じ気持ちだったから。


でも、もちろんセーラ嬢が邪魔というわけじゃない。彼女は感じの良い素敵な令嬢で、盗賊の被害に遭ったばかり。安全に家まで送るのは当然だ。


これを縁にもしかしたら友達になれるかもしれないし・・・


などと私はのんきなことを考えていた。


馬車の中で彼女がこう言い出すまでは。


「実は、あの・・アーチボルド公爵閣下にご相談したいことがあります」


セーラは馬車の中でマックスの顔を熱っぽく見つめる。


「なんだい?」


「えっと・・・ここではちょっと・・・後ほど二人きりで話をするお時間を取って頂けないでしょうか?」


チラリと私の方を見ながら彼女が頬を染めた。


その様子は完全に恋する乙女だ。


え!?まさか、彼女はやっぱりマックスが好きなの?


こ、告白かな・・・?


それとも元サヤ?


婚約者がいる前で結構大胆だ・・・


と驚いていたら、マックスが私の肩をグイと引き寄せた。


「最愛の婚約者がいるのに、他の女性と二人きりで話をするなんて不実なことはできないよ。僕と話がしたいならシルヴィがいる前にしてくれ。僕には疚しいことが全くないと彼女に証明しなくてはならないからね」


ハッキリと言い切ったマックスの端整な横顔を私はつい見つめてしまった。


彼はちゃんと私の不安を掬い上げて安心させてくれる。


嬉しくて目の奥が熱くなり、瞳の表面に涙の膜が出来た。



そんな中セーラ嬢は顔を真っ赤にして胸の前で手を合わせ、拝むような体勢になっている。


「さすがですわ!女性なら誰しもそんな風に情熱的に愛されたいと思いますわよね!お二人に憧れます!理想のカップルですわ!」


興奮した口調に私は「ん?」と振り返った。


あれ?


マックスのことが好きなんだったら、こんな風には言わない・・・はず、よね?


無理しているのかな、と顔を覗き込むが、彼女の表情に暗さはない。ただ熱に浮かされたように話し続ける。


「ああ、私もそんな恋愛がしてみたい・・・。マーケットでお忍びデート!なんてロマンチック!ああ、ロマンス!初恋!壁ドン!顎クイ!そして、馬車の中で二人きりになった時に、く、くくくくちづけを交わすの・・・・ああ、甘ずっぱいって本当かしら?素敵ですわ!羨ましいですわ!憧れますわ!」


えーと・・・それはマックスとのロマンスではない・・・のかな?


「セーラ様?セーラ様はマックスに恋しているわけではないのですか?」


単刀直入に聞いてみた。


「は!?まさか!シルヴィア様という素晴らしい婚約者がいる方に懸想するほど私は非常識ではありません!」


慌てたようにセーラが手を振った。


「あの・・・大変お恥ずかしい話なのですが、私は近衛騎士団長でいらっしゃるハリー・ウィンチェスター様に恋文を送ったのです。それでハリー様の親友でいらっしゃるアーチボルド公爵閣下なら相談に乗って頂けるかと。でも、大変厚かましいお願いでした。どうか忘れて下さい」


俯きながらポツポツと話し出したセーラは恥ずかしそうに頬を染める。


「あの、そんな事情があったのなら、私抜きでマックスが後で相談に・・・」


人の恋バナに無関係の私が首を突っ込むのは申し訳ない。


「いえ!ご迷惑でなかったらシルヴィア様にも聞いて頂けますか?その・・・私はハリー様をずっとお慕い申し上げているのです。それでハリー様が辺境伯城を離れる時にお荷物の中に恋文を忍ばせたのです」


セーラ嬢の真っ直ぐな瞳が眩しい。真剣な恋だと分かる。


私も出来ることがあるなら協力したい。


しかし、マックスは驚いたように叫んだ。


「おい!俺たちが辺境伯城を離れたのって・・・もう四年近くも前の話じゃないか?!四年もずっと返事を待っていたのか?」


「はい、そうなんです。ハリー様からのお返事を待ちわびていたのですが、待てど暮らせど何の返信もなく・・・」


肩を落として項垂れるセーラはとても悲しそうだ。


私は腹が立ってきた。純情な乙女が勇気を出して書いた恋文を無視するとは!


いくらプレイボーイだとはいえ・・・いや、プレイボーイだからこそ、女性の気持ちを傷つけないように努力するべきではないのか!?


もしかしたら良い返事ではないのかもしれない。それでも、返事が来れば次に進む道もある。


一番良くないのは中途半端に宙ぶらりんにすることだ。


その場から気持ちが動けなくなってしまう。


「セーラ様、私に出来ることはありませんか?」


私の闘志に火がついた。

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