第168話 黒木と赤城


 「よしっ! いけっ! 畳み掛けろ!!」


 俺は控え室で黒木さんの日本タイトル防衛戦の中継を見ていた。序盤から黒木さんペースで進んで、現在第4R。黒木さんの右フックが対戦相手を捉えた。


 膝にガクッときた対戦相手に、俺の声が聞こえたかのように猛ラッシュで攻め立てる黒木さん。


 そしてダウンを奪う。


 「よしよしよし!」


 ここ最近の黒木さんは仕掛けどころを間違わなくなった。前までは、なんとかKOで倒そうと焦ってるような雰囲気があったんだけどね。


 高地トレーニング合宿で体力もついて、少し余裕が出てきたかな。良い事だ。旧三銃士では一番若くて、実力もあった黒木さんだ。これからの飛躍が楽しみです。


 黒木さんの対戦相手はなんとか立ち上がったものの、足元がふらついていて、視点の焦点が合ってない。レフリーが両手を振って試合を止めた。


 「ふぃー。自分の試合より緊張するな」


 俺は控え室で天下ジムスタッフの人達と、軽くミット打ちしながら試合を見てた訳なんだけど。なんかようやくドキドキが落ち着いたような感覚。


 自分の試合の時はテンションが上がって楽しくなってくるんだけど、なんで他人の試合だとこうも緊張しちゃうのか。


 赤城さんの試合も緊張するんだろうなって思ってたら、控え室がノックされた。そして入って来たのは、現フェザー級世界チャンピオン。3階級制覇を成し遂げた車谷さんだ。


 「あれ? お久しぶりです」


 「調子良さそうだね」


 「そりゃもう絶好調ですよ」


 どうやら激励に来てくれたらしい。車谷さんがファンである父さんは、黒木さんと赤城さんのセコンドに入るから、残念ながらここにはいないけど。


 「次は赤城君か。もしかしたら俺と戦う事になるかもしれないんだね」


 「そうっすね」


 赤城さんの階級であるフェザー級。そこには車谷さんがいる。ここで勝ったらOPBFに挑む予定だし、とんとん拍子でいけば車谷さんと戦う事になるかもしれないだろう。


 車谷さんはそのまま控え室に座って、俺と一緒に赤城さんの試合を見るみたいだ。


 そして試合が始まる。


 「赤城君は大胆になったね? それでいて雑になってない」


 「自信が付いてきたんじゃないですか?」


 「前は実力があるのに、小さくまとまってた感じがあるんだけど…。これは対戦する時は要注意だね」


 「今の赤城さんと対戦してみて、勝算はどれくらいですか?」


 「ふふっ。意地悪な質問をするね? 負けるつもりはないよ。でもやっぱり勝負はやってみないと分からないからね」


 なんか余裕そうに見えたから、ちょっと聞いてみたんだけど、上手くはぐらかされた。


 やっぱり赤城さんの最大の壁は車谷さんだなぁ。穏やかそうに見えて試合を見る目は真剣だし、今も赤城さんとやった時のシミュレーションをしてるんだろう。


 そしてあわよくば俺から情報を聞き出そうとする。とんだ策士ですぞ。


 「おっ! 来たっ!」


 俺は直伝の踏み込んでからの左フックが、対戦相手のボディに入った。それで倒す事はなかったが、そこから流れるように右アッパーが決まってダウン。


 僅か2RでのKO決着だ。素晴らしい。綺麗な流れすぎるもんだから、思わず拍手しちゃったよ。


 「綺麗にコンビネーションだったね。俺も注意しないと」


 そう言って車谷さんは立ち上がる。本当に俺と一緒に試合を見に来ただけらしい。


 「拳聖君も頑張ってね。観客席で応援してるよ」


 二人が会場をしっかり暖めてくれたんだ。それを俺がおじゃんにする訳にはいかない。試合に勝ったらガンホ選手を挑発するつもりだし、油断せずにしっかり試合に挑もう。

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