第117話 夢は続く


 「桃山さん赤城さん黒木さんチャンピオンおめでとう! よし! 乾杯!」


 「乾杯!!!」


 俺は手に持ったグラスを掲げて乾杯の音頭をとる。なんで俺なのかは疑問だが、指名されたからにはやりますよ。


 場所は桃山さんが働いてる居酒屋。

 いずれは桃山さんが大将から受け継ぐみたいだけど、チャンピオンになったからどうなるのかね。まあ、とりあえず居心地の良さは相変わらず抜群です。


 「大将いつものいっぱい焼いてー!」


 「はいよ」


 ジム関係者だけで騒がしくしてるけど、本日は貸切にさせてもらってます。結構な人数で来てるから、店員さんは大忙しだろう。ご迷惑をおかけします。


 因みに費用は会長持ちだ。好きなだけ飲み食いしろとありがたいお言葉を頂いている。俺は試合までまだ遠いから、遠慮なく食べまくってる。


 ここのハツの焼き鳥は最高なんだぜ。


 「いやぁ、ほんとに3人とも勝てて良かったですねぇ」


 「お前がリング側でうるさかったからな。無様な負け方をしたらなんて言われるかと思って気合いで頑張ったぞ」


 黒木さんがビールを飲みながら言う。うるさいとは失礼な。俺は真剣に応援してたんですよ?


 「あー俺もダウンした時は拳聖の声が良く聞こえたなぁ。あれのお陰で意識をしっかり保てたってのもある。ありがとうよ」


 「え、あ、はい」


 「何照れてるんだよ」


 て、照れてねーし! まさかそんな直球で感謝の言葉を言われると思ってなかったから、びっくりしただけだし! あー、このハツ美味しいな。大将は相変わらず良い仕事してるよ、うん。


 「それにしても日本チャンピオンか…。俺がなぁ…」


 桃山さんがお酒の口をつけつつ、しみじみと呟く。黒木さんと赤城さんも同じように現実感があんまりなさそうに頷いている。


 「そんなガチで始めるつもりじゃなかったんすけどね。最初は趣味の一環として始めたんすよ」


 「俺も俺も」


 「練習はキツいし、減量とか毎回やってらんねーし、なんで続けられてたのか不思議っす」


 「なんでこうなったんだろうなぁ」


 これまでの事を思い返すように、懐かしむ様に言う三銃士の面々。俺が小5からジムに入会した時から居るんだよね、この三人は。


 桃山さんは既に30歳を超えてるし、赤城さんと黒木さんは20代後半だ。ボクシング歴だけで言うと大先輩である。


 俺は特典のお陰で物凄い成長曲線を描いてるし、どこまでも成長出来るってある程度は理解してるから、辛い練習だって頑張れるけど、普通はそうじゃない。


 ひたすら地道な練習を重ねて、だけど成長してるのか分からなくて。辞めたい時だってあった事だろう。それでも乗り越えてきてやっと掴んだ栄冠だ。


 嬉しさは半端ないだろうなぁ。


 「俺も心を鬼にして毎日先輩達を転がした甲斐があったって事ですね」


 俺がうんうんと頷いてると。


 「心を鬼に? 笑かせるな。ノリノリでやってただろうが」


 「高笑いしながらボディを滅多打ちされた恨みは忘れぬぞ」


 「夢に出てきた事だってあるんだからな」


 散々な言われようである。先輩達の為を思って、痛む心を誤魔化してスパーリングしてたってのに。それにみんなも俺のボディを毎日好き放題打ってるし、三半規管を鍛える為に回転イスをノリノリで回してるじゃないか。お互い様ですよ、ええ。


 「でもいつしか思い描いてた夢が叶ったのは良かった」


 天下ジムに俺達のチャンピオンベルトを四つ並べる。叶って良かった。


 これに孤南君も続いて五つになったりしたら最高だな。それまでに先輩方のベルトを日本チャンピオンのじゃなくて、OPBFのだったり、世界チャンピオンのベルトになってたりしたら、なお良しである。


 まだまだ夢は続きますよ。

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