中編 成功は掴みとるもの

 レンが床に並べた戦利品の説明をする。


「まずはこの戦斧は、魔法の武器だよ」

「いきなり魔法のアイテムですか!?」

「中層ではけっこう出るのよ」

「転職条件が無けりゃ喉から手が出るほど欲しいっす」

「そして指輪。魔法抵抗(少)の効果があるね」

「丸盾は低品質で価値がない。残りの魔石や宝石、金貨は帰ってから山分けにする」


 これも結構な金額になるが、魔法の装備品には見劣りする。


「そんなわけで、今回のお宝は、戦斧! 指輪! そしてロイ!」


 財宝に並んで立っている毛玉を両手で指し示した。


「なんの冗談すか? 毛玉。お前もそこにいたら邪魔だろ」


「この中から活躍した順に選ぶのが、このパーティーのやり方さ」

「活躍の具合は誰が決めるんす?」

「全員で、冒険者の矜持を持ってだよ」

「なるほど。だらだらとパーティーに寄生するような奴は、貰いも少ないと」


「最も活躍した二人はお宝を手に入れ、残りの二人は金貨だけなんすね」

「ゼン君、お宝は三つあるでしょ」

「いや、戦斧と指輪だけじゃ?」


 レンだけではなく、今度はスターシアさんもが両手をひらひらさせてロイを指し示す。


「……それ、食えるんすか?」


 その質問にはスターシアさんが答えてくれた。


「ロイはね、報酬が要らないのよ」

「え? じゃあ、あの武器とか壺は?」

「武器は数少ないロイの私物ね、壺はもう私物というかみたいな?」

「ロイが猫ばばなんかしない理由がわかった? ロイは武器も防具もなーんにも欲しくないないなんだよ」


「じゃあ、なんだってダンジョンに潜ってるんです?」

「己の探求なんですって」

「マジかよ、三人で山分けできるなんて。すまん毛玉、お前は良い奴だった」

 

「その代わりに条件がある」

「ひとりは一晩のあいだ、呪術の実験台になってもらいます」

「実験? 呪いの?」


 あまりに突拍子がなくて理解が追いつかない。


「今回だと戦斧と指輪とロイ。この三つから報酬を選ぶのがルール」

「そう。とってもお得な分配を受けるかわりに、ひとりはロイを選んで呪術を受けるの」


 呪いの練習台になれば分け前が増える。

 他の二人は毛玉と仲良しだからまだ良いだろう。ゼンは確実に毛玉に嫌われている。

 実際に何度も背後から襲われかけているのだ。


「このルールが嫌なら加入を考え直してもいい。だからといってここに置いてゆくなんて事はしないから安心して」

「少し、少し考えさせて下さい」


 ゼンは、悩んだ。

 毛玉をじっと見つめる。


「なぁ、毛玉。俺の事を三流戦士だとおもってるだろ?」

「ばる!」

「不甲斐ないところばかり見せているけど、俺だって両手剣を持たせりゃそこそこやれる戦士なんだぜ?」


 ロイは自問する。命がけで中層に来たのではなかったのか?


「特殊転職にこだわる俺は、どこでもお荷物扱いされる様になった。俺の転職条件なんて、みんなには関係の無いことなんだ。当たり前だよな」

 

 そして、悩んだことを恥じた。


「毛玉、それから皆にもお願いがある。これからずっと毛玉の呪いは全部俺が受ける」

「呪いチガウ、呪術の練習」

「だから毛玉。あの持っていた曲刀を売ってくれないか?」


 ゼンの願い出に三人はポカンとしている。


「あーこれは……」

「ちょっと、脅しすぎたかしら」

「ずっとお前とかイヤだぞ。男の肉は硬くて面白くない」

「ほら、こんなこと言ってますよ! 俺が身代わりになれば二人も楽でしょ?」


「うーん。一応多数決を取ってみようか?」

「ゼンの提案にぃー、賛成の人!」


 誰も手を挙げない。


「なんで? コイツに呪われたいんっすか!?」

「だから、呪いチガウ。呪術。今度まちがえたら呪うぞ」


「持ち主のロイが嫌がってるから駄目よ」

「毛玉。二人ともお前に気を使ってるぞ!」

「呪うぞ」


 流石にゼンもこれ以上は食い下がらない。


「それでは、改めて……分配でーす」


 レンが仕切り直しを宣言した。


「ここまでの道のりで一番活躍したのは、スターシアで異論ないよね?」


 最も活躍したのは間違いなくスターシアさんだ。

 途中で行く手を阻んだ強敵がアンデットだったのだ。聖職者のスターシアさんは大活躍だった。

 皆が頷く。


「はい。ではここからの進行はMVPの私がするわね」


 一番活躍したものが司会をするのか。

 ゼンもやってみたくなった。


「二番目はレンね。探索から敵の撹乱まで大活躍でした。アンデット戦でも隙を作ってくれて助かったわ」


 ゼンも隙は作ったつもりだった。

 しかし、肝心のスターシアさんと呼吸が合わなくては意味がない。


「異論は無いっす」

「次に、三番目は」


 スターシアさんが少し言いよどむ。

 毛玉とは甲乙つけがたい活躍はできただろうか?


「……毛玉っす」

「自覚があって助かるわ」

「俺はまだみんなと連携が取れてない。敵に喰らいつくだけで精一杯だったっす」


「ほら、ゼン君はまだ曲刀に慣れてないからよ」

「ばる、慣れてないどころか、武器が間違ってた」

「うるせぇ毛玉、耳の毛引っこ抜くぞ」


「選択肢は戦斧と指輪とロイね」

「最後のは呪い付きなので実質二択っすね」


 だがなぜか毛玉は、まるで自分が選ばれて当然だと誇らしげにしている。

 それに対して、スターシアさんとレンが、謎のアイコンタクトを交わしていた。


「それじゃあ、遠慮なく……と、言いたいところだけど……指輪を選びます」

「ばる!?」


 何故驚いた毛玉、当たり前だろう。

 ゼンが呆れる。


「それでは私が」


 ロイは震えながら二番目のレンを見つめる。


「戦斧ね。高く売れそう」

「ばるばる!? ナゼ? どうしたみんな!」

「では俺が呪いですね」


 ゼンの覚悟はできてる。


「よし、毛玉。さぁ呪え!」



 部屋の隅にドクロの飾られた怪しいテントが張られている。

 中は変な干物やら薬草やらが吊るされている。

 まさに、呪いの館だ。


「ばるぅ、ひどい。レンとスタシアに裏切られた」


 これはロイのテントで、今晩招かれたのはゼンだ。

 ロイはずっと泣き言を漏らし続けている。


「当然の結果だろ」

「この際だから、二人には出来ないような凄く痛い呪術を試してやる」

「の、望むところだ」

「舌を噛まないように、コレを咥えろ」


 毛玉の中から布切れが差し出された。

 汚えぇなと思いつつ布切れを受け取る。嗅いでみたら意外にも甘い匂いがした。

 これはこれで気味が悪い。


「ブシの情けだ」

「ブシって何だよ」

「教えてやらん」


 上着を脱いで背中を向けるように言われ、それに従う。


「ひんじゃくぅ」

「うるせー。まだまだ成長期なんだよ」


 そう言えばポニーテールは邪魔じゃないのか?

 いや待て、無防備な背後をロイに取らせる。あれ? これってヤバいやつでは?

 そう思いゼンが慌てて振り向くと、やはりロイの手が首筋まで迫っていた。


「それが呪いか?」

「コレは……まだ違う」

「なぜ、俺の首を狙う?」

「狙ってない」


 背を向けたり、振り向いたり。

 わざと無防備な背中を見せつける。


「ば、ば、ばるがぁぁ!」


 するとロイが遂にゼンに手をかけた。

 ゼンの、ポニーテールに!


「ばるはゎはゎわ」


 ペシペシとポニーテールを叩き続ける。


「何やってんだお前?」


 正対すると、ロイはポニーテールに手が届かない。

 ゼンのポニーテールを求めて、手が力なく空を切る。


「レンとスタシアはしっぽがナイだろ?」

「まぁ、人間だからな」

「だからお前がブラブラさせてるしっぽが気になるった」

「俺を狙っていたのはソレが理由かよ」


 しゅんとしてポニーテールを叩いていた手を引っ込める。


「お前、その手を隠す癖はやめたほうがいいぞ、潔くない」

「ちょっとだけ、寂しかった」


 ゼンがため息をつく。


「なぁ。俺たちもう少し仲良くしないか?」

「ばる?」

「ほらさ、スターシアさんもレンも大人の女性だし美人だしで、ちょっと緊張するとこあるじゃん?」

「ロイは女慣れしてる、緊張しない」


 ゼンにクリティカルヒット。

 まさか本当に引退したリーダーの相手はロイさんなの?

 ゼンは動揺が隠せなくなった。


「そんな事言うなよぉ。ある意味お前だけが緊張しない仲間なんだよぉ」

「……大人の女性じゃないし、美人でもないからか?」

「そうだよ、わかってくれるだろ? ほら、俺達は似た者同士の仲間だろ。そうだ、ポニテに触ってもいいから、仲良くなって曲刀を貸してくれよ」


 ゼンの提案に毛玉がうなるる。


「仲間だろ!」


 にゅっと毛玉が縦に伸びる。


「美人じゃないから緊張しないし」


 しゅっと縮む。


「何やってんの?」

「ばるぅ……そしたら、しっぽは触らせて貰う」

「いいぜ、仲良しだからな」

「それと、お前が呪術で泣かなかったら曲刀も貸してやる」



「コレは血を混ぜた特別な染料」


 ロイが小瓶に入った赤黒い液体を見せつける。


「コレで呪術のこもったタトゥーをお前に彫る。すごく痛い。オマエ泣く」


 ゼンは緊張のあまりゴクリと唾を飲み込む。

 そして恐る恐る右手を差し出した。

 ロイが腕を引き寄せると、ゼンの右手が毛玉に埋もれていった。

 あ、暖かい。 

 そう思った瞬間、二の腕にとんでもない痛みが走る。

 針の痛みは腕だけだ、しかし呪いがゼンの体に流れ込み全身を駆け巡る。

 針の痛みと流れ込む呪いの圧に、ゼンは歯を食いしばって耐えた。


「ぐぐぐぅ」

「我慢しろ、このタトゥーはオマエの魔力回路をつなぐ呪術だ。これでお前も魔法が使えるようになる」

「お、俺は戦士だっての!」

「アノ曲刀は魔法戦士の武器だ。戦士のオマエが使いこなしたいなら回路を繋ぐ必要がある」

「お前に、そんな芸当が、できんのかよ」

「財宝の分け方、ロイはハズレ違う。一番の勇者にロイは呪術で力を授ける。それでレンもスタシアも強くなった」

「どういう、ことだよ」

「オマエは報酬を譲ってもらっただけ、いつもはロイが一番人気」


 骨兜を揺らして毛玉が笑う。

 報酬を選ぶとき、ロイが自信満々だったのも二人がアイコンタクトをしげいたのもこれが理由だった。


「オマエ弱いな。二人は泣いたりしない」

「いつもより痛い呪いだって言ったのはお前だろ」

「ホラ泣いた。痛いだろ? オマエ、泣き虫」


「くっそ! 煽りやがって! 泣いてないだろ!」

「ロイだったら泣かない。強い戦士だから」


「お前は、痛みに、耐えるって、言うんだな?」

「とーぜん」

「なら、耐えてみろよ!」


 ゼンは仕返しとばかりに、毛玉の中に入り込んでいた右の手で中身を摘む。


「うほぉぉぉ」


 ちょうど摘みやすい所があったのでひねり上げた。


「ひぎぃぃぃぃ」

「お前も泣いた!」

「鳴いてない、オマエ、そこ摘むのは卑怯!」


 ロイが負けじとタトゥーの針をブスブスと刺す。

 

「ぐおおお。痛い痛い」


 ゼンも摘んでいる突起に力を込めた。


「ひぎぃ! ソコはやめろ!」


 その夜、二人は互いが力尽きるまで我慢比べを続けることになった。

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