第16話 婚姻2
婚儀の日。
空は青く澄み渡り、空気は清らかで心地良いそよ風が式場に咲く花々を踊らせていた。
リリアは控え室で、シグルドと再会した日に身に付けていた純白のウエディングドレスを身につけ、鏡台の前に座って自分の姿を見ていた。
(あの日はこの衣装や送られてきた品々が全てカタリナ様のお下がりだと誤解していたのよね。今考えると浅慮で笑ってしまうわ。でも婚姻の申し入れをする前から長い期間をかけて丁寧に準備をして下さっていたなんて本当に嬉しい)
「よく似合っているわリリア、きっとシグルドも喜ぶ。幸せになってね」
こっそりついてきていたアテナもリリアの美しい晴れ姿をみつめて涙ぐんだ。
「愛し子・・・。貴方は私の娘の様な存在だから本当に嬉しいの。この日を迎えられたこと、心から祝福するわ」
アテナはポロポロと涙をこぼした。
「アテナ様・・・ありがとうございます。アテナ様に見守っていただけたおかげで晴れやかな気持ちで婚儀に臨めます」
リリアは感謝の意を伝えるとアテナを抱き上げて、キスをする。
そこへシグルドが入ってきた。
「俺の美しい花嫁、女神といえども俺以外にキスをするのは妬ける」
そう言うとリリアの腕の中にいるアテナに跪き、
「アテナ様、本日はお越しくださりありがとうございます。我らの婚儀を祝福していただき光栄です。貴方様のお力がなければ、こうしてリリアの笑顔を見ることも叶わなかったでしょう。愛される幸福も手にいれることができなかった。全て・・・全てアテナ様のお力のおかげです」
シグルドは饒舌にアテナへの感謝の意をつげる。
「シグルド、どうか私の愛し子をよろしくね。必ず幸せにするとここで誓って」
アテナがそう言うと、シグルドは、
「誓います。リリアは私が生涯愛するたった一人の女性。必ず幸せにいたします」
そう言って頭を下げた。
「そろそろお時間です」
控えめに扉のドアがノックされ、扉の外からルカの声が聞こえてきたため、
「行こうリリア」
シグルドはそう言うと、そっとリリアの手を取ると聖堂に向かってゆっくりと歩き始める。
聖堂の前の重厚な作りの扉を前にして、
(ここから先に進んだら後戻りは出来ない。覚悟を決めるのよ)
リリアはそう決意すると、シグルドの手を強く握ると、それに答えるようにシグルドもリリアの手を優しく握りかえしてくれた。
そんな二人を見てルカはふっと微笑み、声高らかに聖堂内に控える人々に告げる。
「シグルド殿下、リリア様のご入場でございます」
ギイと扉が開く。
扉が開くと同時に目に飛び込んできたのは誓いの場に続く長い通路とその上に輝くステンドグラスだった。
ステンドグラスは女神アテナを模したもので、色鮮やかなガラスを用いており、神々しく輝いている。
(ああ!アテナ様が見守ってくださっている。この先に進むのは怖いけど、きっと大丈夫。隣にはシグルド様もいらっしゃるもの)
「いくぞ」
”大丈夫、ちゃん隣で支えるから・・・怖がらずについてきて、愛しいリリア”
シグルドはいつも以上に無表情でぶっきらぼうに言った。
(シグルド様・・・。怖いけど、この方が隣にいてくださるんだもの、きっとやり遂げられるわ)
リリアはそっと聖堂に一歩足を踏み入れた。
参列者の視線が一気に集まるのを感じて体がこわばるが、シグルドが鼓舞するように握る手に力を入れてくれる。
会場は静まりかえり、リリアとシグルドの足音だけが響いていく。
司祭の前に着くとリリアとシグルドは胸の前で手を合わせた。
「新郎シグルド・エンデルグ、貴方は病める時も健やかなる時も新婦リリアを愛し敬い続けることを誓いますか」
司祭がそう言うと、シグルドは即座に答える。
「誓う」
”もちろんだよ!どんなことがあったてもリリアを愛し続ける!”
緊張で手が震えていたが、シグルドの熱い思いを聞いてリリアは奮い立った。
「新婦リリア・リーンデルト、貴方は病める時も健やかなる時も新郎シグルドを愛し敬い続けることを誓いますか」
「誓います」
司祭は二人に祈りを捧げ、告げた。
「では指輪の交換を」
リリアは手袋を外しながらふと不安になる
(シグルド様は手袋をはめてしか私に触れられないのに、指輪の交換なんて大丈夫かしら)
そっとシグルドを見ると、見た目は至っていつも通り冷静で、手袋を外すと従者に渡していた。
運ばれてきたシンプルな指輪をシグルドが受け取ると、指先だけで器用にリリアの手に触れてそっと指輪を左手の薬指にはめた。
そして次にリリアが指輪を受け取ると、同じように指先だけでシグルドの手に触れて左手の薬指に指輪をはめた。
(ふふ、この前指先だけでも触れておいてよかった。まさかこんな形で役に立つなんて)
リリアがそっと微笑んだ時、司祭が恭しく言った。
「では次に誓いのキスを」
(とうとうこの時がきたのね・・・。シグルド様はどうするおつもりなのかしら)
リリアが緊張でドキドキしていると、シグルドは無表情で顔を覆っていた美しいレースのベールを持ち上げる。
リリアは覚悟を決めて目を閉じたがいつまでたってもシグルドの温もりはやってこなかった。
そうっと目を開けると、シグルドはリリアの髪の毛のひと束を手にとり、そっとキスを落としていた。
婚儀の口付けは基本的に唇をあわせることだが、司祭様はシグルドの行為に動揺も見せず、
「ここに二人の婚姻が結ばれたことを宣言します。末永く幸あらんことを」
そう言って一礼した。
(これでいいのね、ちょっと寂しいけど、無事に終わってよかったわ)
シグルドは髪から唇を離してリリアを見つめるとふっと優しい微笑みを向けた後、いつもの無表情に戻ってしまう。
リリアはそれが残念だった。
婚儀は終わり、後は退場するだけという時になってふと気づく。
(指輪の交換で手袋を外したから帰る時は素手で手を握らないといけないのでは?シグルド様は大丈夫かしら)
そんな動揺を悟ったのか、シグルドはポツリと言った。
「腕に・・・」
”ごめんね、手袋無しで手を繋ぐことが難しいけど、服越しなら大丈夫だから腕に手を添えて”
リリアはその内なる声に従い、シグルドの腕に手を添えてステンドグラスに背を向けて歩み出した。
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