第2話獄上の聖女
「うほぉー何コレ! 塗ったら勝手に色が変わって虹みたいな色になんじゃん! 魔族ネイルすげー! ヤバみ深し!」
「おい聖女、いつまでも遊んでないでさっさと聖女の能力に目覚めろ。そうでなければ貴様をここに連れてきた甲斐がないであろうが」
色とりどりに輝く爪を見てはしゃいでいるのに向かってベルフェゴールが呆れ声を出すと、むうっ、と聖女の白い頬が膨れた。
「んもー、小姑かよこの魔王は。いきなり連れてこられてそんな無茶ぶりとか意味分かんないんですけど。よく考えなくても聖女の能力なんてフツーのJKにそんなすぐ出せるわけなくね?」
「む……また貴様は俺に向かって意味不明な言葉を。じぇいけー、とはなんだ? 貴様の世界の種族名か?」
「種族名じゃねーよ。仕事の名前。女子高生の略だよ。女子学生ってこと。魔王の癖にJKも知らないの?」
「わかるように言わなければ伝わらんであろうが……。全く、知らん言葉を知らんように言って無知扱いとは重ね重ね貴様は無礼なやつだな」
「半月前にむっちゃ失礼働いたやつに言われたくないんですけど」
聖女はそう言って一層頬を膨らませた。
「あんときは突然入ってくっから本気でビックリしたんだからね、ベルベル。後で埋め合わせしろよな。ウチのビックリ料金、ツケとくから」
「む……それについては色々と仕方がなかろうが。それと俺のことは何度も魔王陛下と呼べと言っておるであろう」
「だってベルフェゴールもリンドヴルムも呼びにくいじゃん。いいじゃんベルベル、可愛いじゃんかよ。ベルベルが呼びにくい名前してんのが悪いっつーか」
「人の名前を呼びにくいの一言で否定するな! 魔王の
「だからこそベルベルって呼ぶべきじゃんよ。そんな人から名前だけで怖がられるとかマジ損しかないじゃん。お前は地元の不良先輩かっつーの」
爪に塗った塗料を乾かそうと指先を振りながら、白ギャルの聖女――
「だいたいウチがこうやって無抵抗で魔族領に来てやってること自体、マジ出血大サービスだし。ベルベルがどうしてもウチに来て欲しいって頼むから来てやってんじゃん。フツーの聖女様なら魔族領なんて絶対NGって言うんだよ多分。ウチは気にしないけど」
滅多になくのえるが正論を言うので、この数百年の長い時を生きる魔王もぐっと反論に詰まった。
「それは……まぁ正直、貴様があっさりと魔界に連れ去られてくれたことには正直感謝もしているが……」
「そうそう、なんだフツーにいい子できんじゃん。その感じだよその感じ。もう少し肩の力抜いて生きないとますますその眉間のシワ深くなんだかんね」
「それはできん。俺は【焦熱の魔王】ベルフェゴール・リンドヴルムだ。俺の
ぐっ、と、ベルフェゴールは拳を握って口を歪めた。
「あの矮小で
そう、世界を炎によって改革する――それが魔王たるものの務め。
そのためにはどんな手段をも選んではいられない。
たとえそれが魔王の対極に位置する存在――聖女のその力を使ってでも。
「そのためならばこの身など百遍炎に巻かれようと悔いはせぬ。必ずやこの大地を人間族から奪還し、俺の、ひいては全魔族の理想となる世界を創り上げる……獄上、にな。堕落せし創造神の思惑など知ったことではない、俺は俺の――」
「うひょー! お願いしてたペンダントついに届いたん!? マジありがとー! さっそくつけてみるね!」
「おい聞け! 魔王のお気持ち表明だぞ! どこの世界にその言葉をシカトするものがあろうか! 首飾りの話などどうでも……よい……だろ……う」
その瞬間、魔王ベルフェゴールの声が尻切れトンボになったのは、別に息が続かなかったわけではない。
それは側用人に持ってこさせたらしいペンダントを、髪をかき上げ、腕を伸ばして、形の良い
思わず息を呑んでそのさまを見つめていた魔王に――ペンダントを身につけ終わったらしい聖女が向き直り、にひっ、と笑った。
「どうベルベル、似合う? 魔族ペンダント。カネかかってんだぜ」
ぐいっ、と、豊満で、なおかつユルユルに緩い胸元を誇示するかのように眼前に押し付けられて、ベルフェゴールは思わず赤面して仰け反った。
その反応に、のえるが意味深に笑った。
「ベルベル、もしかしてドーテー?」
「んな――!?」
何故知っている!? などとゲロらなかったのは、魔王としてせめてもの意地であった。
人間どもは「三十過ぎて童貞だと魔法使いになれる」などと嘯くそうだが、魔族は五百歳過ぎて童貞だと魔王になれるのだ。
なんとか誤魔化したつもりでいたが、その反応は言葉以上に雄弁だったらしく、のえるはますます笑みを深くする。
「うわ、顔真っ赤じゃん、ウケる。そんなによい眺めかね? うりうり〜」
「き、貴様――! 聖女ともあろう女が口にしていいことと悪いことがあろうが! 人に向かってドーテーだなんだと……!」
「あはは、その反応は図星だな? 世界を恐怖のズンドコに落としてる魔王が女の子と手を繋いだこともないなんて知れたらどうなるかな~?」
「ぐ――! いっ、いい加減にしないか! この【焦熱の魔王】を人間如きがからかって遊ぼうなどとは――!」
「聖女様! 聖女のえる様!」
と――そのとき、魔王の玉座の間に断りもなく入ってきたものがいる。
魔王軍の四天王の一人、筋骨隆々のベヒモスである【暴虐】のギリアムが、何だか血相変えて部屋の入口に立っていた。
◆
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『俺が暴漢から助けたロシアン美少女、どうやら俺の宿敵らしいです ~俺とエレーナさんの第二次日露戦争ラブコメ~』
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