愛憎歌

朝霧逸希

Egoism

 君の寝息に耳を傾けながら眠る夜を、俺は忘れることができないだろう。

 自分では人に依存せずに生きていると錯覚していたが、俺は彼女に依存以上に執着の感情移入、一方的な愛の押しつけをしていた。

 君に愛される事は無いと理解出来ていたのに、その現実を受け止める強さを僕は持っていなかった。失って初めて気が付く大切さなどはよく耳にしたが、その感情が自身に押し寄せる事は全く想像していなかった。失うことが無いと勘違いしていたから。

 エゴイストとはよく言ったもので、自我の押し付けなんて事、僕は絶対にしないと思っていたのかもしれない。俺は人間を嫌っていたけれど、ある意味最も人間らしい感情を抱いていたのは人間を嫌っていた俺自身だったのかもしれない。愛しているだとか、好きだとかそういった感情を口にする意味がわからなかった、というより理解したくなかったのだろう。何事も続いたことがないから誰かを好きになったとしても其れが続くとは限らなかったから、無意識のうちに誰かを好こうとしなかった、できなかったのであろう。其れにより数多の人間を傷つけてしまった。「君じゃないとだめなんだ」其の言葉の重みと美しさに気づいたのは俺がこの世界に生まれて十六年の年月が経った頃で、人間が其れに気付くのには遅すぎたと言えるだろう。誰かを好きになったことはないと錯覚していたのはいつからだろうか。自らの意思、自我なんてものを持っていないことに気づいたのはいつだろうか。深く、大きく信頼を寄せている先輩に言われたことがある。


「自我の形成なんてものは俺も未だできずにいる。いずれ形成されていくものだから、焦る必要はない」


 其れじゃ駄目だった。其の場では納得することができたが、数日経つと俺はまた自我を欲した。金や権力、信頼を捨ててでも自我を持ちたいと考えるようになった。常に正解だけを求めた生き方をしていた俺ですら自我を手にすることができるのなら、間違った生き方をしてもいいと思うようになった。これが本当に俺の意思なのであれば大変嬉しい限りなのだが、其の判断は俺にはできない。

 ただひたすらに誰かを助けたかった、これも俺のエゴだ。誰かを助けることで俺が他の誰か、何かに肯定してもらえると思ったから。そうしないと俺が俺であると思うことができなくなってしまいそうで、兎に角誰かを助けたかった。けれど、其れは叶わなかった。助けようとする慈善の形をした偽善は時に人を殺す。一人、俺が助けることが、助けようとしたことが起因して死んだ。俺が原因の一つになっていたかは確かめようがない。なっているかもしれないし、なっていないかもしれない。だが少しでもあの人の死に俺が関わっていたとしたら。其のことを考えるだけで俺はその自体を不必要なまでに重く受け止めるだろう。


 否。俺は其の場合人殺しなのだ。不必要な考え方など存在しない。俺が殺したに等しいのにも関わらず俺は逃げるような思考に至る。自分が嫌いである所以はここからであろう。自分のことは自分が一番よく分かる、とよく言うが俺は俺の事を一切わかっていない。解ろうとしていないのかもしれないが、恐らく俺は自我を手に入れることは俺の人生を以てして漸く死ぬ間際に得られる、そんなものだろう。

 自我という潤いを求め、渇きを癒す。散らばめられた自我とも言えない意思で少しずつ渇きを癒し、最後には自我というオアシスに行き着く、俺の人生は其の砂漠をただひたすら歩くかのような旅の終着点が目的地で、その終着点に着く事にのみ目的が在り生きる。俺の求める人生像を俺は手に入れる事が出来ない。その事は理解出来ているが、俺はそれでも求め続ける。欲し続け、欲の赴く儘に喰らい、髄質まで吸い尽くす。如何に困難な道で在ろうと俺はその道を歩み続けることが出来ると信じているから。

 俺の人生の意味を考えているこの思考は俺の自我なのでは無いだろうか。そんな事を考え、脳内で其れを即座に否定し、煙草の残り香を感じながら今日も何時もの様に眠りにつく。


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愛憎歌 朝霧逸希 @AsAgili_ItUkI

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