EP9
愚図星
EP9
——シリーズファンとして、がっかりさせられました。シリーズの伝統を守ることなく、監督やスタジオの思惑だけで作られたように感じられます。キャラクターの描写が浅く、ストーリーも大味で想像力が刺激されません。特殊効果は見事だったものの、それだけでは映画として成立しません。シリーズファンとしては、この続編をシリーズから抹消したいくらい残念で、これ以上の続編制作は望みません。映画に登場するキャラクターたちにはもっと魂を込めて欲しかったです。
——待望の続編とかあんだけ大々的に宣伝してたくせに、全然面白くなかった。あの監督が降板してから、全然違う方向に行ったんだな。ストーリーも展開も薄っぺらいし、登場人物たちもキャラが立ってない。昔からのファンとしては本当に耐えられん。こんな駄作が続編とか、ほんと原作者が草葉の陰で泣いてるわ。
——てかジョージ・ルーカスみたいな名前しといてド無能とかどういうこと? これもう名誉毀損でしょ。
有頂天だったのも束の間で、いま、ジョーイは人生で一番のどん底だった。嫌がらせの手紙は毎日、連日連夜暴言だらけのSNSは通知を切ってしまった。レビューサイトは——見たくもない。評論家たちは口を揃えて「傑作だ」と言っていたのに、ファンの反応ときたら最悪の一言だった。21世紀最悪の炎上。かつて一世を風靡したスペースオペラ続編のメガホンが回ってきた時は、ついに俺にもツキが回ったか、と喜んだルーファスだったが、蓋を開けてみればそれはスティーブン・キングも阿鼻叫喚の代物だったわけだ。
小さなアパートの一室でがくがく震えるルーファス。クライアントの大配給会社もおかんむり。そもそもあんたが「人種に配慮しろ」だの「サステナブルな展開を」だの無理難題を唱えるからだ、という文句の一つや二つないでもなかったが、本当に能力がある監督ならばそんなものなんのそのなのだ、というのは彼自身もよくわかっていた。
彼に残された選択肢はいくつかあった。
部屋のカーテンで首を括るのが一つ。
大人しくメンタルクリニックでカウンセリングを受けて薬を飲むのが一つ。
しかし、ジョーイはどちらも選ばなかった。
コロニーは騒がしかった。パリっと制服を着こなすクルーたちに混じって、ジャケットとジーンズという出で立ちでぼんやり突っ立っているジョーイは非常に浮いている。彼は軽く周りを見渡すと、迷うことなく歩き出した。まるで庭のような勝手で歩き回ることができる。忙しないクルーたちの間を縫い、訓練室に辿り着くと、「関係者以外立ち入り禁止です。身分証を出してください」と律儀に警告するロボットをわき目に、彼は楽々と中へ入ってしまった。
床は一面グリーンで、天井の四隅から伸びた光はエネミーの像を形成していた。中央の男がそれ目がけて武器を振るうと、ホログラムはかすみのように消えて、プラスうんたらという点数表示が後に残る。奥に大写しになったモニターには、何万というスコアと、5時間の訓練時間が記録されていた。
「やあ」
ジョーイはその男に、まるで旧知の友人に挨拶をするように声をかける。
「誰だ、あんた?」
もちろん相手は怪訝な目つきで、今すぐにでも手に持ったレーザーブレイドで一刀両断されそうだ。
「あんたの生みの親って言ったら信じないだろうな。でも、信じてもらう必要がある」
ジョーイは、試しにそう言ってみた。試しに、というか、それ以外に何を言えばいいのかもわからなかった。
「ああ、そうか。あんたがジョーイか」
まさかそんな返しをされると思っても見なかったジョーイは、目を丸くする。映画のキャラが外の世界を自覚しているなんて、ありえない。ラストアクションヒーローのシュワルツネッガーだって、自分が映画のキャラだということを信じようとはしなかったのに。ジョーイが設計した、EP8までの主人公より全然パッとしない男は、レーザーブレイドを引っ込めて人懐っこい笑みを浮かべた。
「あえて嬉しいよ、父さん。しかし、今はあんまり事情がよくなくて。できれば日をあらためて欲しいんだけど」
「こっちも日を改める余裕がないんだ。君たちがEP8以前のスタンスを取り戻してくれないと、俺は明日にでも殺されちまう。きっとな」
しかし、無情にも男は肩をすくめる。
「父さんを助けられるならそうしたいんだけど、そうもいかないんだ。今は戦争中で、こっちも余裕がないんだよ」
「戦争中?」うそつけ、とジョーイは思った。そんな嘘で俺を追い返そうたってそうは行かないぞ、とも。こいつらは狂人の相手をする術をよく身につけているようだ。狂人を納得させるには、どんなに外れた論理でも乗ってやらないといけない。子供をあやすような仕方であしらわれたのだと思ったジョーイは不機嫌を隠さず、「戦争ならもう終わっただろ。なんのために叔父さんが死んだと? なんのために第二コロニーを捨てたんだ?」
「あんたの作った枠組みが終わっても、この世界は続く。しょうがないじゃないか、僕らは生きてるんだもの。誰も見てなくても、ストーリーのない世界で生きるなんて耐えられないんだよ。平々凡々な、変わり映えのしない、凹凸のない時間を生きるなんてさ」
しかし、主人公はといえば、嘘をついているような口ぶりでも、狂人を相手にするための忍耐と慈悲で満ち溢れた態度でもなかった。至って大真面目で、真剣で、ジョーイに対して対等なのだ。
「じゃあ、何か? どうすればいい? 俺だって、死ぬか生きるかなんだぞ」
冴えない主人公は困り顔で後ろ髪をかきむしると——そうした仕草もまた冴えなかった——やがて妥協案を見つけ、微妙な笑みでジョーイに告げた。
「父さんが手伝ってくれればいい。ほとんどここの世界の神様なんだから、すぐ終わるさ」
空間跳躍から一週間、早いものでジョーイは既に敵基地の中に身を置いていた。彼は真剣すら持ったことがなかったが、レーザーブレイドの扱い方はお手のものだった。「クソ!」敵の首や腕を焼き切りながら、ジョーイは悪態をつく。いくら自分が強かろうと、世界で意のままに立ち回れても、人殺しなんて気分のいいものではない。おまけに、本題から逸れに逸れまくっているのだ。彼の望みは、このシリーズをあるべき姿に戻すこと。それが今じゃ、スピンオフにもならないような戦争をやっている。
まるで作業のように淡々と敵を切り刻みながら進むと、やがて開けた場所にでた——通信が聞こえ、そこが基地の動力部であることを伝えられる。おあつらえむきに、黒づくめの人影が立っていた。巨大なエンジンを前に立ち塞がるようにして立つその人物の前へ、ジョーイは恐る恐る近づいていく。中世の司教のようにもみえ、死神のようにも見えるその姿は、ジョーイがEP9で描いた黒幕よりずっと威厳があり、一言も喋っていないのに魅力に満ちていた。
「あんたは? あんたも、この世界でストーリーを作るのが楽しいのか?」
ジョーイは黒いヴェールで覆われたその顔へ、語りかける。装束から除いた手には深い皺が刻まれており、沈黙からは長く暗い人生が思い起こされる。示唆。哲学。悲しみ。人生。彼が背負っているものは悪事だけではないのだ。彼は舞台装置ではなく、ただそうなってしまったただ一人の人間である。ジョーイは、思い出していた。自分が描きたかった黒幕というのは、このような人物なのではないだろうか、と。
しばらく、ホールは沈黙に包まれていた。やがてその皺だらけの手が動いたとき、少しの緊張のあと、ジョーイは息の止まるような瞬間を迎えた。
「おかしいとは思わなかったか?」
その声には聞き覚えがある。ジョーイにとっては、呪いの響きを持っていた。
「まさか、あんたは死んだはずじゃ……」
困惑するジョーイのことなど気に求めず、老人は——シリーズの原作者は、滔々と語る。
「なぜ映画の中に入り込み、キャラクターに直談判するなどと荒唐無稽な技が許されたのか?」ジョーイは、恐怖を覚えた。きてはいけないところに来てしまったような、もう戻れないところまで来てしまったかのような。モーフィアスが、選択の余地なく赤い薬を飲ませてくるような、そんな不条理な恐怖を。「ここは、ある小説の中なのだ。キャラクターなのは我が子たちだけではない。お前もなのだよ、ジョーイ」
人生を思い返してみよう。ジョーイは、そうせざるを得なかった。走馬灯とはこういうことなのだろうか。不可逆な日常へしがみつく、最後の悪あがき。
初めて映画を撮ったのは確か、13歳の頃だ。ビデオカメラで撮影しただけのちゃちい映像だが、今でもルーファスはよく覚えている。家から学校まで、連綿と続く道——幸いにも短い通学路だったが、線路になぞらえていたのだろうか、友達と仰々しく歩いた。まるで冒険のように脚色されたただの通学を、映画と言い張ったのが最初だった。
そのまま進学、大学、映画サークル、卒業、うだつの上がらない監督になった。史上最悪の続編を監督した悪名高い監督。それがいまのジョーイ・ルーファスだった。
しかし、もうそんなことは何もかもどうでもいい。自分の悪名や、それによって得た精神不安でさえ、ざらざらと音を立てて崩れていくような気がしていた。
「嘘だ」ジョーイは思わずそう呟いた。嘘であってほしい、というのが本音だった。誰だってそうだろう。あなたの人生はそういう筋書きであって、あなたのものではありません。あなたの人生は他人が見て読んで喜ぶためのものであって、全ての不幸はそのためにあるのです。そんなに残酷なことはない。ジョーイはそして、そんな残酷な事実に直面していた。「嘘だろ、なあ。嘘だよ」
「嘘ではない、ジョーイ。これは夢でもない。現実だ」
「非現実だろ、じいさん。あんたがそう言ったんじゃないか」
ジョーイは地団駄を踏んだ。大人だって受け入れられないことに対して癇癪を起こすことがあるのだ。ジョーイに止められるものではなかった。
しかし、老齢の監督、死んだはずの前任者はいたって冷静に首を振った。
「お前にとっては非現実じゃないだろう、ジョーイ。だから駄々をこねてるんじゃないか」
「だって……だって……」
だって。だって。だってが通じるわけはない。だって・だからだけで進んでゆく物語の一部であるジョーイが、だってだってと言ったって、何の影響もない。そのでもでもだってさえ織り込み済みなのだ。ジョーイは、わけがわからなかった。
「じいさん、あんたは、俺の人生ぜんぶ、他人のための物語として投じろってことなのか? なあ」
わけがわからないから、怒りしか湧かなくなってしまった。いままでの苦しみや悲しみや憤りが、ぜんぶ怒りになって爆発しそうになっていた。閾値はとうに超えていて、あとは行動に移すかどうかなのだ。
ジョーイが映画の中から飛び出すと、そこはハリウッドだった。ネオンサインが煌びやかに光るその街は、最初彼の目にジオラマのように映った。しかしながら、別にハリウッドが小さいわけではなく、つまり、ジョーイが大きくなっていたのだった。
怒りに我を忘れたジョーイは、ネオン煌びやかなスタジオを蹴り飛ばし、通りを行き交う車を捕まえて咆哮した。さながら地獄の夢の怪物。彼は涙ながらにハリウッドサインを引っこ抜き、燃やし、13文字から9文字へ、9文字から0文字のサインをたたえた山は寂しげに沈黙を纏わせるだけになってしまった。 「これが俺の映画だ!」ジョーイは叫んだ。「見ているか、読者たち! 俺は生合成の取れたストーリーのために、うだつの上がらない監督でいるのはもうまっぴらだ!」
俺は大スクリーンで、俺が雄叫びを上げるのを見ていた。シートはふかふか。音響は最高。暗がりの中では、画面以外の様子は全てぼんやりとしている。
やがて哀れな男の咆哮はやみ、物悲しげな音楽とともにエンドロールが流れ始める。フィルムが周りきり、劇場の明かりが戻ると、静かに拍手の音が響き渡り始めた。やがて大きくなり始めたその音に混じって、口笛や喝采が聞こえ始める。スタンディング・オベーションだ。
でも、だからなんだっていうんだ?
この喝采は俺に向けられたものじゃない。筋から言えばそうなんだろうが、実際の構造は違う。これはお前たちに向けられた拍手だ。違うか? お前たちのための拍手。俺のためでも、俺の作品のためでもない。スタンディング・オベーションの中、俺一人が不満げにシートへ深々腰を据えている。それでも、誰一人嫌な顔をすることはない。不思議だが、当然だ。これは物語の中の世界なんだから。俺はこんな尊大な態度を取ってなお尊敬されるほど優れた人間じゃないし、そんな功績は打ち立てていない。
これから俺は、金獅子をもらうこともできるだろう。でも、そういう気分じゃない。俺は立ち上がって、そそくさと会場を後にした。高めの切符を買い、電車を乗り継ぎ、飛行機で海を越え、自分の家に帰る。瞬く家の光。のぼる太陽。この全てが筋書き通りか、枠に入るのがどこまでなのか、俺には知る術もない。
実家はいつも通り、ど田舎ののどかな一帯にある。これは俺が小さい頃から変わらない。古びたのぶを回し、両親への挨拶もなしに自分の部屋へ上がる。すぐさまカーテンを閉じ、戸棚をガラガラと開け放つと、ソフトを片っ端から引っ張り出した。無骨なデッキにVHSを入れる。これは、日記より明瞭な俺の人生だった。ろくに電気もつけない小さな俺の部屋では、映画の出す光だけが辺りに放射し、黄ばんだポスターや埃の被った本棚を照らしていた。何度も夜が来て、朝が来た。そのあいだ、俺はろくに食事も取らず、水も飲まず、廃人みたいになって、ブラウン管にしがみついていた。
キャラクターたちは話し、苦悩し、生き、死に、愛し、憎む。
氷河間近の暗い海。愛する人の青い死体が、海の底へ沈んでいく色。明朗快活な最高のショー・マンが、白い壁の前で、テレビのための箱庭に最後の別れを告げる色。オマハビーチで、赤いはらわたをぽっかり零して泣く兵隊の色。
この小さな部屋に、色とりどりの光が放射してはねる。ぱちぱちと切り替わっていく。ずっと。朝晩耐えず、色は小さな部屋全体に瞬き続ける。
こいつらの人生ぜんぶ、俺のためだったのか。あるいは、俺たちの。あんなに壮絶で愛おしいほどに悲しい恋も、悲しいほどに健気で、いじらしい男の新しい人生も、最後には見知らぬ浜で母に助けを求めることになった兵士も。全部、俺のために生まれ、俺のために愛して苦しんだのか。
そして、俺も。
瞼を閉じた。俺はもう、自分の人生に対してなんの意義も見出せなかった。俺の人生は俺のものじゃない。俺以外の、誰かのものだ。例えば、お前とかさ。
俺は、いつから、どうして、映画を撮ろうと思うようになったのだろうか。なんのためだったろう。何を願っていたのだろう。
そんなことをかんがえて、気づけば、台本を握りしめていた。俺の人生。他人のための俺の映画。
俺は、好き勝手に映画を撮り始めていた。何かに突き動かされるように。これが内側からの衝動なのか、外から垂らされた糸なのか、わかりやしない。だが、もうそうするしかなかった。ああしろこうしろと指示をがなり散らすうち、どんどん景色が変わっていく。キス。銃撃。慟哭。ダンス。歌。笑い声。爆発。白黒からカラーへ、実写からアニメへ、2Dから3Dへ。
俺は俺のためにメガホンをとり、俺のためだけの映画を作るのだ。怒りのような、焦りのような、喜びのような激しい感情が渦巻いていた。
スペースオペラのファンなんか知らない、こんな馬鹿げた小説のことも知らない。俺は俺のためだけに、この映画を撮るのだ。
何時間、何日、何年、そうし続けていただろうか。実際にはそこまで長くないかもしれないし、短くもないかもしれない。時間感覚など擦り切れてしまい、目に写っているのは映像、演技、演出——自分の、自分のためだけの作品を作るのだという欲望だけだった。欲望。俺に残されたものはこれしかない。意味がなくとも、手に残ったものはこれだけだ。俺は俺の撮りたい映画を作る。俺にはもう、これしかなかった。
アクション。
カット。
アクション。
カット。
哀れなジョーイ・ルーファス。顧客の願望にがんじがらめになり、自分のやりたい映画もできずに、酷い駄作を作ってしまった惨めな映画監督。しまいには、そんな運命すら最初から他人のためだったときた。哀れな男。可哀想な人間。
この目まぐるしい撮影風景は、俺の走馬灯か何かなのだろうか。最後の願望だ。最後に見るのが、こんなに未練がましい夢だとは。それでもいいかもしれない。このいかにも煮え切らない感じが、「うだつの上がらない映画監督」ぽくてウケるだろう。多分。俺は所詮、名作を駄作に凋落させた無能監督だから、本当のところはわからないが。
誰かのための映画。お金のための続編。もう終わったはずの映画が、墓から蘇ってしまった。見るに耐えないゾンビ。エンバーミングに失敗したのは、俺だ。どうしたいかはわかっていたはずなのに、どうすべきかを優先してしまった。
アクション。
カット。
アクション、
カット……。
めまいのするような作業のすえ出来上がったのは、ありきたりなロードムービーだった。
鼻腔いっぱいに小麦の匂い。肺のふいごに、植物の甘い香りが勢いよく飛び込んでくる。
俺はもうスクリーンの前に座ってはいなかったし、観客の拍手も、罵声も聞いてなんかいない。小麦畑の真ん中に、漠然と立っていた。ずっと作りたかった映画だった。心から観たかった画だった。だが、俺はどうしてか浮かばれなかった。満たされない。心にはいまだに焦りが燻っていた。
柔らかい土を踏み歩く、穏やかな音がする。悪の大総督は、すでにヴェールを脱ぎ払っていた。「誰も、誰かのために生きないということはできない」老齢の監督は、優しく言う。「お前の人生はお前のものであると同時に、我々の人生なのだ、ジョーイ。お前にとってもそうだ。今も宇宙で戦い続けている彼らの人生は、彼らだけのものではない。ジョーイ、お前のものでもある。全て含めてお前であり、そして私なのだ」
小麦が風に凪ぐ。俺は昔から、素朴な日常に物語を見出すのが好きだった。道端や庭や家や、小さなスーパーや公園にこそ、物語があるのだ。このロードムービーじゃ、街の外へ出ていったりしない。小さな小さな世界の物語だった。
「外側の世界の人たちもそうなのか? 彼らも俺の一部なのか?」
「もちろん」
「あんたもか? あんたも、俺の人生なのか」
じいさんがどう答えるかは知っていた。
「その通り」
「わかってる」俺は、もう何もかも察していた。だが、それを受け入れるかどうかは別の話で、俺はそんなに強くなかった。まだ。「だけど、時間をくれ。それをうまく飲み込む時間を」
俺はそして、目を覚ました。よくある映画館。僅かな客入りのレイトショー。俺が作った映画は、エンドロールを迎えようとしていた。
映画館から外へ出ると、夜は暗くなかった。ストリートにはいくつもの広告とネオンが瞬き、通り過ぎる人々はちっぽけな映画監督のことなんて気にもとめない。ぐるりと一周、体を回した。みんな誰かのために生きている。誰かのために。目的もなく生まれ、自分の夢を追い、そして誰かのために働いている。
ふと、古ぼけたポスターが目に入った。それは「前任者」であり、「黒幕」であり——憧れの映画監督が手がけた映画のポスターだった。俺は、このじいさんを人生からのけものにすることはどうしたってできなかった。だって、彼がいなければ俺は今頃、映画なんて作ろうとすら思っていなかっただろうから。 そして、わかっている。彼にとっても、俺が人生から切り離せない、大切なファンの一人であることを。見知らぬ不出来な弟子、他人の一人であることを。
「好きにしなさい、ジョーイ」
じいさんの声をしていた。だが、これは俺の声だった。
EP9 愚図星 @karakara
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