女の股【ショートショート】

三文

女の股

 女の死体を買って来た。家に死体を連れ込んで、私は華やかな気持ちでそれを段ボールから取り出した。私の身長より遥かに小さく、もしや幼い子供ではないかと、私に残された僅かな正義が頭を揺らしたが、幸いなことにその女の体は完成されていた。


 その女は死装束を着ていた。私は死体の売り屋というものが存在すると聞いた時、商品をどのように仕入れているのかが些か疑問であったが、この恰好を見るに、葬儀屋とグルになってこの商売をしているのだろうと察した。火葬の隙に、レプリカと言うべきか、とかく偽物とすり替えて死体を売りさばいているのだろう。


 しかし、この死体を前にそんなことはどうでも良い事となっていた。私の目の前には女の死体がある。これは確かな事実で、そしてこれから先にどのようなことをしようとも、それらは全て私の自由なのである。


 私がこの死体を買った理由は、男としての外聞を整えるためである。つまり、私は今、現在、童貞なのである。世の中には其の恥を捨てられる施設があるようであるが、しかしそこを利用しては返って素人という冠を身につけさせられてしまうそうであるから、私は死体を買うことでそれを成そうと決めたのだ。


 女の死体を前に、私の劣情は漲り、痛みを感じる程であった。日増しに複雑化されていた妄想は、この女を焦点に捉えながら瞬きをするたびに野生の様に単純化されていき、気付けば女の死装束を剥ぎ取っていた。いつの間にか私の体はこの死体に覆いかぶさり、それぞれの手が、女の左右の胸を鷲掴みにしていた。日頃の妄想が全て無駄になる程の、最も本能的な前戯をしてしまっていた。


 そうして手に女の感触が染み込んでから、私は遂に女の股を開こうとした。其の時、女の表情が視界に入り、私はそれに行動を射止められた。途端に、私は恐ろしくなったのだ。


 女は私のことを嘲笑していた。いや、正しいことを言わなけらばならないのであれば、この女は死体らしい健やかな表情を浮かべているだけで、つまり筋肉が緩んでいるだけなのであろうが、しかし私にはどうもそれが女に嗤われている様にしか思えなかったのだ。


 女の顔を見てみれば、その微笑はどこにも向けられていないものである。全身の力が抜けて首が倒れていることで、どれだけ女に顔を近づけたとしても、向き合うことは出来なかった。それでも女の胸に触れた時だけ、その優しい微笑が私の劣情に向けられたものに違いないと思わされた。私の人間としての弱さにとって、この穏やかな表情は毒だった。女の瞼に閉ざされいている瞳に全ての悪事を見透かされているような気分になって、私は体の内側から殺されそうになった。


 どれだけ煩雑に扱おうとも、優しく触れようとも女の表情は寸分も変わらない。ただ死体の前で何をするのかということを神の瞳に見張られているようで、私の雄たる部分は鳴りを潜めることとなった。私は恐怖していた。そして、気付けば女の死体から距離を取っていた。


 私にとって風俗よりも死体の方が都合が良い理由はもう一つあった。それは支配出来ると思っていたからだ。死体であれば、全て自由に、そして一切の恥を持つ必要もなくことに及べると思っていた。しかし、どうであろうか。むしろ私の方こそが女の手中にいるような気分だった。私がどれだけ下種な妄想に表情を囚われようとも、女はいつも通りのあの仏のような微笑で、私の弱い部分を見つめているのだ。


 私は思い直すことになった。平生がそうであるように、例え死体であろうとも、私のような人間が女に触れることは罪だと思った。そして、果たしてその罪を犯した私が今も人間の見た目をしているのか疑問に思った。背中には常に逆撫でされているかのような居心地の悪さがあり、髪の毛根はざわめいていた。きっと、このままでいれば背骨は変形し、髪は全て生え変わると思った。もはや、私の心の在り方からして人間の原形を留めていない姿に変わったとしても、それは何ら不思議ではなないことだともさえ思えた。


 もう、私には女の股を開くことは出来なかった。最も見たい部分であった。もとより、私は其の時を楽しみに死体を買ったのだ。しかし、それだけはしれはいけないと思った。これ以上、彼女を汚してはいけない。私は彼女の純然たる部分と、私の人間らしい箇所を残したくて、女の体に火を点けて、私の身を燃やした。


 《了》


□後書き□


ここまで読んでいただきありがとうございます。




 普段の僕にとって、自分の作品についてつらつらと後書きを書くというのは忌避するところなのですが、この作品についてはそれが必要であると感じたので、しばし言い訳じみたものにお付き合いしていただければと思います。


 この作品について批判されなければならない点は、主人公の男の精神性だと思っています。死体とは言え、女性の体をまるで愛玩具の様に扱うというのはまさしく狂気でしょう。本来であれば、その批判を作中に収めるのが作品としての責任だと思うのですが、今作においてはそれがある種のノイズになると判断し書くことを排しました。


 故に、ここで作者として、人間の尊厳を奪うようなことはあってはならないという注意書きをさせていただきます。




 最後にもう一度。


 ここまで読んでいただきありがとうございます!!


 もし、よろしければ他の作品も読んでいただければなと思います!!

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女の股【ショートショート】 三文 @Sanmonmonsan

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