第64話
カラス、シャリィがそう誰かを呼んだ。
その途端。カサンドラとシャリィ以外の、会場内のアサルト皇太子殿下、貴族達、アオ君とシュシュ……全ての人の時が止まった。
(な、何が起きているの?)
カサンドラの側の床に真っ赤な魔法陣が浮かび、中から黒ずくめの男性が、手に大きなバラの花束を持って現れた。
現れた男性の見てくれは整っていて、黒く長い髪、赤い瞳が似合っていた。だが、この男を取り巻く黒い霧が見えたカサンドラは震え、妹はこの不気味な男性を指差し叫んだ。
「カラスの嘘つき! カサンドラお姉様が全然ふくよかじゃないじゃない。いったい、どう言うことなの?」
しかし、男の視線は声を上げる妹を見ず、カサンドラの前に跪いて、手に持っていたバラの花束を差し出した。
「え、私に?」
いきなりのバラの花束に、困惑するカサンドラに男は微笑みかけ。
「会いたかった、カサンドラ嬢。さぁボクの気持ちを受け取ってください。まさか、あなたがボクと同じだとは思いませんでした、嬉しい」
(ボクの気持ち? 私と同じだというは、この人も巻き戻りしていると言うの?)
「ボクの気持ちを受け取ってください、カサンドラ嬢」
知らない男からの贈り物。カサンドラは怖さのあまり、動かないアオの手を握った。……そのとたんアオの体は光りを放ち、いきなり自由に動けるようになった。
何が起きたと周りを確かめた。そのアオの側に、震えながら手を握るカサンドラがいた。
「ドラ?」
「え、アオ君⁉︎ 動けるようになったの︎?」
「ああ、いきなり何が起きたんだ?」
「それが、よくわからないの。妹がカラスと呼んだら、黒ずくめの男があらわれて、みんなが動かなくなってしまったの」
「く、黒ずくめの男が現れて動かなくなった?」
アオは周りを見て状況を確かめると、カサンドラの側でバラの花束を持つ男を見て、フウッとため息をついた。
「お前だな。ずーっとネチネチ、ドラの後をつけまとう変な奴は!」
「ボクはネチネチしていない! それにボクの方が君よりも強い。そのボクが彼女を守るナイトだ!」
「何言ったんだ! ドラを守るのはオレの役目だ」
男に怒り、アオ君の変装が解けてしまう。
「お、お前、獣人なのか? なんだよ、モブのくせに、カサンドラのそばに居るんだ?」
「モ、モブ?」
「モブ?」
男は「アオはモブじゃないわよ」と、カサンドラが言ってくれると思っていた。しかし発した「モブ」の言葉が通じず。ここは前世、自分が読んでいて知っている、小説の世界じゃないのか……と、呟いた。
男の瞳が動揺して、キョロキョロ動き。
余裕ありげな表情が変わり、ブツブツ何か独り言を呟き始める。
「おかしい、おかしい……小説ではギロチンにかけられ、巻き戻ったカサンドラが。今度はギロチンを避けながら、魔法使いのボクと知り合い幸せになる話なのに……」
男が言った内容は違うが、カサンドラが巻き戻りしていると、知っていることに驚く。
「妹が見つけるはずの、キーアイテムの魅了の魔道具と薬はないし。婚約者と恋仲の妹をいじめず、断頭台を回避したからてっきり、転生者だと思ったのに」
男は明らかな動揺を見せた。
♱♱♱
「そこまでやって、転生者じゃないなんて」
自身ありげな男の明らかな動揺と。大階段の上で、妹も訳がわからないといった表情を浮かべている。
「この人が何を言っているのかわからないけど。シャリィ、あなたいい加減にしたら? 欲しいものはすべて手に入れたでしょう? ……まだ、なにを望むというの」
カサンドラの問いかけに。
シャリィは大階段から、カサンドラを睨みつけた。
「う、うるさいわね。私は子供の時から、カサンドラお姉様のその自信ありげな、その顔が嫌いなの。自分はなんでもできるって、自慢したいわけ?」
――自信ありげ。
――なんでも出来る。
シャリィの瞳に姉のカサンドラは、そんな風に映っていた。そう見えたのは全て、カサンドラの積み重ねた努力だ。
「お姉様より、私の方が可愛いの。だから両親、アサルト様、みんなに愛されているわ。私が憎いでしょう!」
「憎い?」
カサンドラが……シャリィのことを憎くないと言ったら嘘になる。幼いころから両親に愛されず、真面目に王妃教育を受け、教養、礼儀を身につけても……アサルト皇太子殿下はカサンドラを見てくれなかった。
――彼の瞳は私を見ず、妹に向いている。
1度目の生ではシャリィを恨み、殺そうと、毒まで盛ってしまった。だけどあの日、自分の侵した罪をすべてを知った。
2度と、同じ罪は犯さない。
愛されないのなら、それでいい。
カサンドラはただ、愛されぬもの達から離れた……ただそれだけ。
「いいえ、私には大切な人達がいるから」
カサンドラはシュシュにも触れて、彼女の時を戻した。
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