第14話 招待状

 いつものように研究所の日々を過ごしていたある朝、エメラルド塔のメイドさんが私宛の手紙を持ってきてくれた。


 封蝋には重厚な雰囲気のある紋章が押されている。


 何処からのお手紙だろう。手紙を送られるような関係にある人は特に思い当たらない。


 疑問に思いながら開いてみると、それは何かのパーティーへの招待状のようだった。


 この世界では当たり前の行事なのよね。でもドレスも持っていないし、作法もよく分からないからどうしよう。


 まずはレニに相談してみようと気を取り直して、朝の支度をしてからいつものように研究室へ向かった。




 ブースに入るとレニはもうすでに来ていた。


「あのねレニ」


「招待状のこと?」


「あ、うん、これってパーティーへの招待ってことだよね?」


 私は先程見ていた招待状をレニに見せる。


 レニは深く頷き、溜め息を吐く。


「何を考えてるんだろうね、あのお嬢様は」


「え?」


「ティナ様よ。これ、ヴェルナー侯爵家の紋章なの」


「……そうなんだ」


「大丈夫? ……って言っても、断れないし行くしかないよねえ」


「え?! 断っちゃダメなの?」


「あ、うーん、ダメってわけじゃないけど……。でもヴェルナー侯爵家のお誘いを断れる貴族はほとんどいないかな」


 なるほど、つまりはそれ位の権力を持った存在なのね彼女のお家は。そしてこれは必ず出席しなければならないのね……。



「どうしよう、ドレスなんて持ってないし、作法も全く分からないし……」


「大丈夫! 私のドレスとアクセサリーを貸すから! リシャと私はサイズもそんなに変わらなそうだから平気よ」


「いいの?」


「うん、私の家で準備して行こうよ! そんなに心配しなくても私がそばにいるし、ニコニコ笑って立っていれば大丈夫だから」


 明るく言ってくれたレニを見てたら安心してきた。それに、一緒にドレスを着て行くなんて、なんだか女子会みたいで楽しそう!


「ありがとう! レニ」


「あ、エスコートはどうするの?」


「エスコート?」


「貴族の夜会へ参加する時には必ず男女ペアになるのが通例なの。私達女性には男性のパートナーが必要なのよ」


「そっか、でもどうしよう私この世界にあまり知ってる人もいないから……」


「所長と副所長くらいよね」


 そう言ったレニの目がキラッと光った。


「うん、そうね」


「どっち?」


「え?」


「所長と副所長のどっちにお願いするの?」


 興味津々に輝くレニの顔が迫ってくる。


 どっちと言われても……。


「いや、リシャは所長と副所長どっちが好きなのかなって」


「っな……! 何言ってるのよ!」


「やっぱり所長?」


「わ、私は年上だし、そんな風に思ったこと……」


「ないの?」


「ないよ! 5歳も年下と恋愛なんてしたことないし」


「5歳じゃそんなに離れてもいないじゃない。好きになるのに年齢は関係ないんじゃない?」


「っ……!」


 そんなやり取りをしていたら、そこへハニカ様がやってきた。



「あ、リシャ様ちょうど良かった、探していたんです」


「どうしたんですか?」


 話題の人物の思わぬ登場に狼狽つつ、正常心を装う。


「今朝の知らせの夜会のパートナーはお決まりですか?」


 レニがハッとして、こちらを興味津々な瞳で見ているのが目の端に映る。


「いえ……男性の知り合いってほとんどいないもので……えへへ」


 自分で言ってて本当にどうしたらいいか分からなくて、思わず取り繕うような笑いを浮かべた。


「それなら、私がエスコートさせていただいてもよろしいでしょうか」


「えっ! ハニカ様がですか?」


 レニが私に向かって『いいの?!』とでも言いたげな顔を向けてくるから、さっきの話を思い出して赤面しそうになる。



「はい、こちらに来てからほとんどエメラルド塔でお過ごしなのでお知り合いも少ないでしょうし、」


 ハニカ様はそこで一瞬言葉を切って続けた。


「だから是非、私にエスコートさせてください」


 あ、そうか、ハニカ様は心配して声を掛けてくださったんだ。


 彼は最初から副所長として、いくら仮といってもこの世界に辿り着いた時点で聖女扱いである私のお世話を一生懸命遂行しようとしてくれていた。


 真面目で仕事熱心な彼らしいその行動にありがたさと感動を覚える。



「はい、ありがとうございます」


 笑顔で答えた後、なぜか一瞬ナジェの顔が頭に浮かんだ。


 何、考えてるんだろう私。なんでここでナジェの顔が浮かぶの?しかもナジェはティナ様の婚約者だというのに。


 そんなことを考えているうちに、レニから当日の準備をノイラート家で行うことを聞いたハニカ様が私の方へ体を向けて、そっと私の手を取った。


「それでは、当日は準備ができた頃にノイラート家へお迎えに上がります」


 そう言ったハニカ様の顔がすごく優しくて、さらにはお姫様みたいな扱いをされたことに二重で不覚にもドキドキしてしまった。


「あ、はい! お願いします!」


 胸の高鳴りを誤魔化すように、元気に返事をした。


 ハニカ様は一礼をして仕事へ戻って行く。この世界の貴族って本当にいつも優雅ね……。その後ろ姿をぼーっと見送っていると、レニが意味深な笑顔を向けていることに気づいた。


「な、なに? どうしたの?」


「べーつに〜」


 レニは揶揄うような笑顔で答える。


 なんだかいたたまれなくなった私は、


「さてと! ハーブ取ってこようかな」


 と、明るく言ってその場を逃げ出した。



 うん、こんな時は仕事に集中しよう!


 気持ちを切り替えて勇み足で庭園にやってきたところで、いつもの噴水にはナジェがいるのが見えた。


 なんだか今はあまり会いたくなかったような気がする……。


 戻ろうかどうしようか戸惑っているうちに彼が私に気づいてしまったので、逃げるのも変だと思い直し近くに寄る。


「今度の夜会はリシャも来るのか?」


「うん、私にも招待状が届いたわ」


「……誰と行くんだ?」


「ハニカ様がエスコートしてくださることになって」


「そうか」


 私の言葉を遮るように言って、ナジェは黙ってしまった。その横顔は不貞腐れているような、少し怒っているようにも思える。


 な、なんかマズイこと言ったかな……?


 辺りに漂う気まずい雰囲気を変えたくて、私も明るい声で質問を返す。


「ナジェは誰と行くの?」


「……ヴェルナー令嬢だ」


 低い声で答えたナジェとの間に、さらに重苦しい雰囲気が漂ってしまったような気がする。



 ナジェはティナ様をエスコートするのね。そりゃあそうに決まってる。ティナ様はナジェの婚約者なんだから。


 質問する程のことじゃなかった。私、なんか今日は変だわ。


「そっか」


 さらっと答えてみたものの、その事実に少し寂しさを感じてしまったのは何故だろう。


 ナジェも変だけど、私も少し変なのかもしれない。

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